愛されるデジタルプロダクトのつくり方:CONFIG 2025からの学び
Written byMARCUS OTSUJI
イノベーションが交差する街から
2025年5月、私は2週間の出張でシリコンバレーを訪れました。出張が終わる頃には、私はまるで10歳若返ったようであり、同時に10歳年を取ったようにも感じました。それほどまでにシリコンバレーでは、エネルギー、興奮、イノベーション、変化、そして破壊的な勢いが渦巻いていたのです。
今回の出張で私にとって最も印象に残った出来事、そして本記事のメイントピックとなるのはデザインソフトウェア業界のリーダーであるFigmaが主催する年次カンファレンス「CONFIG 2025」です。このイベントには、世界中から1万人を超えるUI/UXデザイナー、プロダクトマネージャー、映画監督、開発者、起業家、ブランドマネージャー、コンテンツクリエイター、ソートリーダーたちが集結し、「顧客に愛される優れたプロダクトをつくる方法を学ぶ」という共通の目的をもって語り合い、学び合う、熱量に満ちた空間でした。ありがたいことに、私もその一員として参加する機会を得ることができました。(ちなみに、日本からの参加者は約200人と、昨年の倍以上だったそうです。)
シリコンバレーは、日々新たなアイデアやプロダクト、企業が生まれる場所ですが、Configが特に素晴らしいのは、起業家やエンジニア、エグゼクティブたちが、自らのクリエイティブなプロセスの舞台裏を率直に語ってくれるところです。このイベントでは、プレゼンという枠を超えて、創造が形になるまでのリアルな道のりに触れることができます。そしてそれは、ただ面白いだけでなく、イノベーションやデジタル変革を実現するうえでの実践的なヒントにもなります。
左上:1万人が参加した共同創業者 兼 CEOであるDylan Fieldのキーノートセッション
右下:Figma Japan Country Manager 川延さんとConfig前日に会場前にて
では、どうすれば「顧客に愛されるプロダクト」をつくることができるのでしょうか?
これは簡単に答えられる問いではありませんが、私は今回のイベントで登壇した素晴らしいプロダクトビルダーたちから多くの学びを得ることができました。ConfigはFigma製品の使い方を学ぶだけの場ではなく、世界中で最も革新的で象徴的なプロダクトを手がけているクリエイティブなソートリーダーたちからインスピレーションを得る場所でもあるのです。
5つのプレゼンから学ぶ、顧客に愛されるプロダクトづくり
ここでは、個人的に特に心に残った5つのプレゼンテーションと、そこから得た学びをご紹介します。
「PMとしてのストーリーテリングから映画監督としてのストーリーテリングへ」
Ebi Atawodi(YouTube Studio プロダクトマネジメント ディレクター)
『プロダクトマネジメントとは、明快さと確信である』ー Ebi Atawodi
多くのプロダクトが、雑然としていたり、退屈だったり、あるいはいつまでもリリースされなかったりするのは、プロダクトのあるべき姿を明確に描き、前に進めるための重要な意思決定ができるリーダーがいないことが原因です。日本では、プロダクトマネージャーという役職自体がまだ存在しない企業も多くありますが、デジタルプロダクトがより戦略的な位置づけになるにつれて、状況は急速に変わりつつあります。センスやスキルに加えて、プロダクトマネージャーには「明快さ」と「決断力」が求められるのです!
「Poetry Cameraとテクノロジーへの再熱」
Kelin Zhang and Ryan Mather(Poetry Camera共同創業者/起業家)
Poetry Camera(詩をつむぐカメラ)は、見た目こそカメラそのものですが、写真を印刷する代わりに、撮影した画像をクラウド上の大規模言語モデル(LLM)に送り、その画像からインスピレーションを得た詩をプリントするというユニークな仕組みを持っています。この製品は主流になることも、大きなビジネスになることもないかもしれません。しかしそれでも、このプロダクトは紛れもなく魂を持っており、手に取ったすべての人に笑顔をもたらしてくれます。しかもこれは、出会ったばかりの2人のクリエイターが、ほとんど予算もない中で生み出したものなのです。
「永続的な品質の創造」
Karri Saarinen(Linear 共同創業者 兼 CEO)
現代において「品質」は非常に希少なものとなってしまいました。なぜでしょうか?産業革命以前、すべてのものは手作業で作られており、消費者と生産者のあいだには直接的な関係が存在していました。しかし、大量生産が一般化するにつれ、そのつながりは失われていきました。目的は数値に置き換えられ、判断はテストに置き換えられ、職人技(クラフト)はプロセスに置き換えられてしまったのです。
では、こうした「モノづくり」の精神を、デジタルの時代にどう取り戻すか?
それを実現している企業のひとつが、Linearです。創業者であるKarriは、品質を最優先事項と位置づけ、従来のシリコンバレーで受け入れられてきた常識、たとえば「まずは最小限のプロダクト(MVP)で出す」や「早く出して、壊して学ぶ(by マーク・ザッカーバーグ)」といった考え方をあえて退けています(社内でのテスト用途を除く)。彼の方針では、すべてのプロダクトを出荷前にじっくりとデザインし、徹底的にテストすることが求められています。万が一バグが発生しても、すぐに修正する体制が整っているのです。このような「品質」へのこだわりが、顧客からの信頼と、健全なビジネス成長を支えています。「イノベーション + 品質 = 成功 」なのです!
「新技術の開拓と導入(そして文化の構築)」
Jeff Staple(ストリートウェアデザイナー/Staple Design CEO)
個人的には、このプレゼンテーションが、今回一番好きでした。
※最初の半分は退屈かもしれませんが、後半は本当に素晴らしいです
これは、アメリカ・ニュージャージー出身のファッションデザイナー、Jeff Stapleによる話です。彼は2005年、Nikeとのコラボで「Pigeon Sneaker(ピジョン・スニーカー)」という伝説的なスニーカーを制作しました。これはニューヨーカーのためだけに作られた限定版で、Nikeはわずか300足のみを製造し、ニューヨークでしか販売しませんでした。しかしその希少性とデザイン性から、このスニーカーを求めて何時間もかけてやってくる人々が長蛇の列をなし、ほとんどの人が手に入れることができませんでした。その熱狂ぶりは全米ニュースにも取り上げられ、現在ではオークションで1足10万ドル以上の価格がつくほどの価値を持っています。
このプロジェクトはNikeにとって大きな収益を生むものではありませんでしたが、それ以上に重要なことを実現しました。それは「カルチャーへの影響力」であり、「ニューヨーカーにとってNikeを極めて意味ある存在にした」ことです。これがデジタルプロダクトと何の関係があるのでしょうか?それは「大衆向けに設計することと同じくらい、限られた少人数のためにデザインすることも重要である」という、大切な教訓を教えてくれています。
「ディストピアのデザイン:『Severance』のクリエイティブビジョン」
Jeremy Hindle(Severance プロダクションデザイナー)
これも個人的には「もうひとつのお気に入りのプレゼンテーション」です。
Jeremy Hindleは、Apple TV+ の大ヒットシリーズ『Severance』のプロダクションデザイナーです。この作品はApple TV+で最も人気のあるシリーズであり、私自身、2022年にシーズン1の第1話を観て以来、完全に夢中になってしまいました。『Severance』は、社員が自らの脳を「分離」することに同意する企業「Lumon Industries(ルーモン社)」を舞台にした、マインドベンディングなスリラーです。職場にいる間はプライベートの記憶がなくなり、オフィスを出ると仕事の記憶がまったく残らない、という設定です。
Hindleが、ルーモン社のディストピア的なオフィス空間をどのようにデザインしたか、その設計プロセスと意図について語る内容は、本当に興味深いものでした。机、照明、コンピューター、キーボード、廊下、トイレ、ドア、エレベーターに至るまで、すべてが意図的に設計され、登場人物たちが働くオーウェル的な世界観に緊張感を与える要素として機能しています。
Configでのプレゼンテーションの様子
2日間にわたるカンファレンスでは、他にも何百ものプレゼンテーションがあり、それぞれが独自性とインスピレーションに満ちていました。一部のセッションは、FigmaのYouTubeチャンネルでも視聴が可能です。
CONFIG 2025 Sessions
おわりに
5つのプレゼンテーションからのそれぞれの学び、これらすべては日本にとって何を意味するのでしょうか?「顧客に愛されるプロダクトをつくる」というのは、並外れた旅路であり、同時にデジタルトランスフォーメーションの核心でもあります。だからこそ、今回のConfigで日本からの参加者が200名を超えたこと、そして大手日本企業から20名のシニアエグゼクティブが参加していたことを聞いて、とても嬉しかったのです。この数字は、理想にはまだ遠いかもしれませんが、昨年からは大きく伸びており、「プロダクトをつくる力」への関心と重要性が、日本国内でも確実に高まっていることの表れだと感じます。
優れたカスタマーエクスペリエンスを提供することは、才能あるデザイナー個人の努力だけで実現できるものではありません。それには、企業としての継続的な支援と、経営陣の「創り、投資し、繰り返し改善し続ける」というコミットメントが欠かせないのです。
Configは、Figma製品の大規模アップデートや技術革新が発表される場としても注目を集めますが、このイベントの真の価値はそれだけではありません。Figmaは、デジタルプロダクト開発の中核を担うプラットフォームであると同時に、世界中のクリエイティブかつテクニカルなプロフェッショナルたちが、成功や失敗、哲学や学びを惜しみなく共有する活気あるコミュニティを築いています。
このようなナレッジシェアは、すべての参加者に刺激を与えるとともに、特に日本のような地理的に離れた地域にいる人々にとって大きなインスピレーションとなります。
- 食や映画、鳩といった一見、意外なものに創造のヒントを見出すこと
- カメラといった伝統的なプロダクトを再定義すること
- LinearのKarri Saarinenのようなテック業界のリーダーから、日本の伝統的な「モノづくり」精神を再発見すること、など
これらはすべて、デジタルの時代において「考え方」「働き方」「導き方」そして「成功のかたち」がいかに多様であるかを気づかせてくれるのです。
次はCONFIG 2026でお会いしましょう!