「アーリーステージの落とし穴」を避けるVC投資に学ぶオープンイノベーションPart1

Written by
Marcus Otsuji

イントロダクション

日本では海外のテクノロジースタートアップ企業との業務提携で、その多くが苦戦している。ビジョンや戦略が間違っているわけではない。アーリーステージのスタートアップにとって時期尚早だったか、提携の規模が大きすぎるか、あるいはその両方が原因の場合もある。

このような成長初期段階のスタートアップと協業する際、一般的なベンキャーキャピタルのリスク評価とリスク管理モデルをデジタルトランスフォーメーション戦略に適用すれば、スタートアップの企業規模に見合わないほどの大掛かりな提携や一極集中を避け、持続可能でよりバランスのとれたオープンイノベーション戦略を構築できるようになる。なお、本稿では主に「DX (Digital Transformation)」について説明しているが、読者の状況に合わせて「GX (Green Transformation)」に置き換えていただくことも可能である。

背景: 増加するアーリーステージスタートアップとの提携

デジタルトランスフォーメーションに関心が集まる前は、日本企業が海外のテック系スタートアップと取引する際、その企業が成熟し、正式に日本に展開するのを待ってから本格的にビジネスを始めるのが一般的だった。現在は、デジタルトランスフォーメーションが急務であることから、日本企業は積極的に海外に出向き、革新的な新しいテクノロジーを開発するスタートアップを見つけ出して、非常に早い段階で業務提携をしようとしている。

日本にとって重要かつ前向きな一歩と言えるのだが、アーリーステージの企業と提携し、これを管理、維持していくのは決して容易ではない。したがって、非常に魅力的ではあるものの、不確実性が高くリスクの大きい新興市場で、成熟したシリコンバレーの企業や投資家がスタートアップとの提携をどのように管理しているか、これについて詳しく知っておくことは有用だと考える。成功への道は適切なリスク評価を行い、それに見合った財務とリソース配分の規模を決めるところから始まるのである。

シリコンバレーから学ぶ: 大手テック企業とアーリーステージスタートアップとの提携

成熟したシリコンバレーの企業がアーリーステージのスタートアップとどのように提携しているかを理解するには、オープンイノベーションを広い意味で捉える必要がある。オープンイノベーション戦略に対する継続的かつ組織的な株式投資(ベンチャーキャピタル)、業務提携、エコシステムの構築、事業開発部(M&AとPMI)といった幅広いテクノロジーエコシステムとの積極的な連携なしに、繰り返される革新サイクルの中で競争力を維持できるテクノロジー企業は存在しない。

オープンイノベーション戦略の内容は企業によって大きく異なるので本稿では割愛するが、ベンチャーキャピタルは本来期待される財務的リターンを生み出すこと以外に、注目される新興市場で、現状維持を打破し、将来有望なパートナーあるいは買収のターゲットになる可能性があるスタートアップ企業を見極めるというオープンイノペーションの前線での重要な役割を担っている。特に、デューデリジェンスプロセスによって投資すべきかどうか、するとしたらその時期と規模を正しく判断するためのさまざまなデータ(技術、競合、財務、など)が開示される。そのデータが投資判断だけではなく、事業提携に関しても同様に『すべきかどうか、するとしたらその時期と規模』の重要な判断材料になりうる。(これについては、(株)ニコンの執行役員 ハミッド氏に、同社の投資の意思決定プロセスについて詳しく伺ったインタビューがあるので参考されたい)。

投資とパートナー提携の両方を成功させるには、スタートアップの各成長段階において、どのレベルの投資と提携範囲が適切なのかを理解する必要がある。投資家が一般的に使用しているコンセプト(考え方)があるが、これは、個別企業のデューデリジェンスというより、投資のタイミングとリスク管理に関する全体的な投資戦略を検討する際に使用される。

S字カーブ、ハイプカーブ、キャズム: 「落とし穴」の理解に重要となる3つの曲線

アーリーステージの落とし穴

前述のとおり、企業が陥る大きな落とし穴の1つは、スタートアップとの提携があまりにも積極的すぎること、または性急すぎることである。これを「アーリーステージの落とし穴」と呼ぶ。「何か始めなければ」という重圧の中で、新しいデジタルトランスフォーメーション(DX)やオープンイノベーションに取り組む場合は特に注意が必要だ。「アーリーステージの落とし穴」に陥ることはすべての分野で起こり得るが、ここでは脱炭素化を例に挙げて次の3つのグラフを読み解いていきたい。

S字カーブ

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図1:S字カーブ
Yale Environment 360「Deep Decarbonization: A Realistic Way Forward on Climate Change」

このS字カーブの表は、イエール大学発行の環境ウェブマガジン、Yale Environment 360の記事より抜粋したもので、脱炭素化テクノロジーの各業界がライフサイクルのどこに位置しているかを示している。このS字カーブについて簡単に説明すると、業界全体としては脱炭素化のごく初期の段階にあるが、「電力」と「自動車」については、一番右の方に進んでいてすでに中期/成長段階に入っている。

なお、このグラフでは「電力」は太陽光発電と風力発電、「自動車」は電気自動車を指す。数十年にわたり、電力および自動車業界は脱炭素化に向けて試行錯誤を繰り返してきた。これまでに数千億円以上の研究開発費が投入され、さらに数千億円以上にのぼる補助金が政府から提供されたが、多くの企業の試みが失敗に終わった。このような様々な困難を乗り越えて、ついに商業利用ができるまでになったのである。今後は各企業が新製品の開発や、生産能力と効率の向上、サプライチェーン、販売、マーケティングへの投資を増やしていくため、これらの業界は現在急成長中であり、しばらくの間この成長は続くと見られている。

反対に、曲線の左端にある「プラスチック」、「セメント」、「鉄鋼」は新興業界に含まれ、未だに実用的な製品を生産していない。これらの業界では、今後数年間あるいは数十年間にわたって、研究開発に多くの時間と資金が費やされる。成功する企業もあるが、ほとんどの企業が失敗に終わるだろう。これは新興市場の初期段階では当然のことなのである。

次に「ハイプ カーブ」と呼ばれるグラフを見ていこう。

ハイプカーブ

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図2: ハイプカーブ
SVB「The Future of Climate Tech 2022」

図1のS字カーブと同様に、ハイプカーブ(英語のhypeは『過剰な興奮』という意味)では脱炭素化とその他の環境関連テクノロジーを横軸に配置しているが、S字カーブとは決定的に異なる点がある。S字カーブの場合、縦軸は収益または市場シェアを示すが、ハイプカーブでは期待度を示している。さらに興味深いことに、S字カーブとハイプカーブの曲線の形は正反対なのである。

一見矛盾しているようだが、収益がほとんど出ていないアーリーステージの企業に高い期待が寄せられているということだ。多くのアーリーステージ企業が新しい刺激的なアイデアを基に科学的な大躍進となる技術を開発していたり、将来有望な製品の試作品をアーリーアダプターに提供している。潜在的パートナーや投資家が、アーリーステージ企業が提案する技術的進歩に商品化の可能性を見出すと、期待度が大きく高まるのだ。これに加え、脱炭素化のように行政が指導していたり、株主から圧力がかかるなどの外部要因がある場合、アーリーステージ企業にすべてを賭けてみたいと思うのも無理はない。

つまり、「落とし穴」とはS字カーブで示される真のリスクではなく、むしろハイプカーブで見られる「興奮」に後押しされて、大規模かつ集中的にアーリーステージ企業と業務を提携することだ。このような提携が失敗するとオープンイノベーション計画全体を停止させてしまう可能性があるため、深刻だと言えよう。

最後に3つ目の図を見ていただきたい。

キャズム

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図3: キャズム
READINGRAPHICS

これは製品のライフサイクルすべてを表しており、前半はご覧の通り単純なS字カーブとなっているが、新興産業に特有の重要な特徴が見られる。グラフの「アーリーアダプター(早期採用者)」と「アーリーマジョリティ(前期追随者)」の間で曲線が途切れているが、この大きなギャップ(溝)は「キャズム」と呼ばれる。ジェフリー・ムーアは著書「Crossing the Chasm(邦題「キャズム」)」で、ほとんどスタートアップが失敗に終わる段階がキャズムであり、アーリーアダプターとの間で今後が非常に期待できる結果がでていても発生し得ると説明している。そして、これこそがアーリーステージ企業との提携や投資が難しい理由でもあるのだ。統計では、スタートアップ全体の90%が事業に失敗している。だからこそ、業務提携の第一歩として、適切な規模の投資と時期を見極めるためのメカニズムを知っておく必要がある(ムーアの著書「キャズム」はぜひお読みいただきたい)。

スタートアップの場合、中核となる事業のテーマが誤っていただけで失敗することがある。テーマが正しかったとしても、熾烈な競争や資金不足などさまざまな要因が組み合わさって失敗することもあるだろう。また、方向性が正しくても時代が追いついていないこともある。

例えば、インターネット黎明期に現れたフードデリバリー関連のスタートアップ(Webvan、Lastminute.comなど)は結局全部失敗に終わったものの、後にUberEats、DoorDashなどが再浮上して大成功を収めている。「クラウド」の概念も数十年にわたる実験を経て、今日主流のテクノロジーとなった。また、20年前のグリーンテックブームは何千億円もの投資を引き寄せたが、安価な中国製ソーラーパネルとの競合、シェールガスの出現、そして米国の住宅市場と金融市場の混乱によって、広範に及ぶ壊滅的な失敗につながった。

今日、グリーンテクノロジーは再び脚光を浴び、多くの経営者が最優先事項だと考えている。経営陣には重要なESGイニシアティブを実行に移すという重圧がかかっているが、上記のグラフが示すように、グリーンテクノロジーはまだ十分に実証されているとは言えない。今回のグリーンテクノロジーへの関心の高まりは、前回のブームとは異なるのだろうか。もしそうなら、どの技術が実行可能なビジネスとなり得るのか。勝ち残るのは太陽光発電と風力発電だけだろうか。原子力発電は復活するのか。核融合発電や水素はどうなるのか。大気中のCO2を直接回収するDAC(ダイレクトエアキャプチャー)技術は有効だろうか?垂直農法はどうだろうか?同様の疑問は台頭しつつあるWeb3テクノロジーにも当てはまる。Second Lifeは失敗したが、メタバースは成功するだろうか。ビットコインはデジタル通貨として流通するだろうか。ブロックチェーン技術はNFT を超えて実用的で価値ある方法で使用されるのだろうか。

これらの質問の答えはまだ分からない。どの分野が成功し、どのテクノロジーが採用され、どの企業が勝ち組となるのかは、豊かな知識を持つ技術者や科学者のほか、経験豊富な投資家や経営者、そして起業家が白熱した議論を戦わせているところだ。しかしながら、特に新興産業におけるアーリーステージスタートアップの場合、このような予想が当たったためしはない。それでは、戦略性が高く重要ではあるが不確定要素の多い新興分野に対して、DX/GXの専門家はどのようなアプローチをすればよいのだろうか。これについてはシリコンバレーと企業戦略についての次回の記事で掘り下げていく。ぜひご期待いただきたい。

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