プロダクト主導型の組織が成功する理由
企業向けにソフトウェアアプリケーションの定着化ソリューションを提供しているPendo.io(Pendo)。その創業者で最高経営責任者を務めるトッド・オルソン(Todd Olson)氏は、14歳でコーディングの仕事を始めたというソフトウェアのエキスパートです。Pendoを設立するまでに2社のスタートアップをゼロから築きあげ、うち1社はIPOにも成功。経営者としての腕もさることながら、プロダクトマネジメントの経験も豊富で、さまざまなプロダクトチームを率いてきました。
その経験から、『プロダクト・レッド・オーガニゼーション 顧客と組織と成長をつなぐプロダクト主導型の構築』(原題:『Product-led Organization』)という著書を2021年に出版したオルソン氏は、同書にてプロダクト主導型でビジネスを遂行する重要性を説いています。そのオルソン氏に、これまでの経歴やPendoについて、そしてプロダクト主導型でビジネスを成功させるヒントについて聞きました。
※この記事は、オルソン氏へのインタビュー動画をまとめ、一部加筆したものです。
Geodesic Japan配信 The DOMEニュースレター登録
14歳で金融機関のソフトウェア開発者に
オルソン氏が本格的に企業向けソフトウェアの開発に携わるようになったのは、わずか14歳の時。金融機関のMBNA(現・Bank of Amrerica)にて、期限切れの支払いを回収するためのソフトウェアを開発しました。
「毎日スーツを持って高校に通い、放課後に着替えて出勤、数時間働いて帰宅後に宿題をする生活を続けていました」と当時を振り返ります。
高校卒業後にカーネギーメロン大学に進学し、大学時代もリモート勤務でその仕事を続け、卒業後もそこで働こうと考えていました。それが、当時はインターネットの黎明期。さまざまな新興企業が登場する中で彼の起業家精神に火がつき、友人と起業する道を選ぶことになりました。そこで最高技術責任者を務めたオルソン氏は、チームの育成やソフトウェアの構築についてより深く学んだといいます。
その後、ソフトウェア開発企業を経て、再び起業家精神に駆り立てられ、新たな会社を設立します。同社は世界金融危機がきっかけで2008年に別会社に吸収されますが、そこで役員に就任し株式公開にもこぎつけました。この会社に所属していた時のさまざまな体験が、Pendo設立のきっかけになったのです。
ユーザー体験の向上を目指して
Pendoのミッションは、「ソフトウェアでユーザー体験を向上させること」。同社のソリューションは、アプリ内メッセージやプロダクトアナリティクス、ユーザーフィードバックなどの機能を組み合わせたプラットフォームで、ソフトウェアの迅速な導入や顧客サポートを支援しています。
Pendo設立の背景について、次のように語ります。
「以前所属していた会社でプロダクトチームにいた時、製品内で起こっていることを把握したくてデータを取得していたのですが、そのデータ取得には恐ろしく時間がかかっていました。また、アジャイルやDevOps、クラウドなどを活用してソフトウェア開発は迅速化しましたが、変化し続けるソフトウェアについていくのはユーザーにとって困難になってきていたのです。ウェビナーやメールといった従来のコミュニケーション手法はもはや通用しないと考え、アプリ内のメッセージングを試してみましたが、何らかのデータがないとそれがユーザーに届いているかもわからない状態でした。Pendo設立に至ったのは、こうしたさまざまな課題を解決したいと思ったことがきっかけです」
Pendoのビジョンはシンプルです。それは、ソフトウェアにインストールしたソリューションの動きについて情報収集し、製品を改善する手がかりをつかむこと。また、アプリ内のメッセージ機能で個人に合ったアプリを提供し、より効率的なアプリの利用を促進、これによってアプリ内のクロスセルやアップセルにもつながるといいます。
ここで留意すべきポイントは「今ではすべての企業がソフトウェア企業になりつつあるため、いずれはこうしたソリューションがさまざまな企業で必要となる」ということです。
プロダクト・レッド・オーガニゼーションとは
Pendoのミッションであるユーザー体験の向上——それは、製品を顧客体験の中心に捉えようとする「プロダクト・レッド・オーガニゼーション」(プロダクト主導型の組織)にも通じる考えです。
プロダクト・レッド・オーガニゼーションは、「セールスがプロダクトを売る」という従来の「セールス・レッド・グロース」(Sales-led Growth)に基づいた考えではなく、「プロダクトが主導し売上を伸ばす」という「プロダクト・レッド・グロース」(Product-led Growth)型の成長戦略を採用しています。プロダクトを使用しているユーザーの口コミでプロダクトが売れるといった現象や、フリーミアムを活用して無償版から有償版の顧客を獲得するといった手法もその一例で、こうした戦略を採用する企業の成長率は高いとされています。
「プロダクト・レッド・オーガニゼーションとは、顧客体験の中心にプロダクトを位置付け、分量が多く価値の低い仕事から人間を解放しようとする企業です」
例えば、顧客サポートへの問い合わせの中には、パスワードの設定についての問い合わせなど、分量は多いものの価値の低いものもあります。こうした課題を解決しようと、顧客サポートチームの負担を軽減するようなプロダクトを検討する——これがプロダクト主導型の考えです。
プロダクトを中心とした戦略を推進する企業が増える中、プロダクトマネジメントへの注目も高まりつつあり、プロダクトマネージャーや最高製品責任者といった役職を設ける企業も珍しくなくなりました。ただし、こうした役職の歴史は比較的新しく、米国でも登場してからほんの20年程度しか経っていません。日本ではさらに歴史が浅く、多くの企業は製品を構築しながらプロダクトマネージャーを育てているのが現状です。
これまでに何度もプロダクト担当の責任者を経験してきたオルソン氏は、「プロダクトマネージャーは顧客とエンジニアの仲介役」だと話します。「スクラムプロセスというアジャイルのフレームワークでは、プロダクトオーナーという顧客の代理人がいて、市場の需要や企業としての目標、それをプロダクトがどう支えるかといった戦略も練っています。部署の枠を超え、エンジニアと製品の可能性を探るだけでなく、営業やマーケティング、カスタマーサクセスと連携して顧客の課題を理解し、解決の道筋を作っているのです」。
「10年前、私の仕事での課題はいかに速くソフトウェアを出荷するかでした。それが今では、いかに利用価値のあるソフトウェアを出荷するかが課題」だと述べ、その課題を解決する最高製品責任者には、戦略的な視点を持つことや、優れたコミュニケーション能力、そして高いビジョンが求められるとしています。
さらに「優秀なプロダクトマネージャーは、多くの時間を顧客との対話に費やします」と話します。もちろん、現在ではシステムを活用して顧客の声を収集することも可能で、Pendoでもそのような機能を提供していますが、「やはり直接顧客と対話して、関係を築くことが最善の解決策につながることもある」と言います。「Amazonの創業者、ジェフ・ベゾス氏も、『データか顧客の体験談か、どちらかを選ぶのであれば後者にしなさい。間違ったものを測定している可能性だってあるのだから』と言っていたそうです。「本当にその通りで、良質なフィードバックには耳を傾けるべきだと思います。間違いなくそのユーザーの意見なのですから」。
不便さが気にならないほどのプロダクト体験を実感
オルソン氏は、プロダクト・レッド・オーガニゼーションの一例として、Teslaを挙げています。
「Teslaはオンラインサービスが中心で、人との関わりはほとんどなく、私が購入した時も起動の仕方やドアの開閉の説明を受けただけでした。購入プロセスは不便でしたが、運転した瞬間にプロダクト体験のすばらしさを実感し、その不便さが気にならなくなったのです。しかも私の場合、納期が遅れ、引き取り場所も不明確でしたが、それを忘れてしまうほどのプロダクト主導型の体験でした。あらゆるサービスがアプリ上で完結するので電話する必要もなく、すべてデジタル化されていました」
Zoomもその使いやすさから、後発であったにも関わらず既存のビデオ会議ツールをしのいで急成長しています。40分以内であれば無料会員でも3人以上の会議を設定することができ、フリーミアムモデルによって顧客獲得にも成功しています。
「プロダクト主導型のビジネスでは、購入前にプロダクトの試用を勧めています。試すことで製品のすばらしさを実感してもらえば、営業やレビューに頼る必要がないためです」
こうしたトレンドが、ソフトウェアへの期待値を高めているとオルソン氏は指摘します。使いづらい製品を提供していると、その企業はユーザー体験に関心がないという印象を与えてしまうのです。そのため、今後は「プロダクト主導型の技術や体験を採用し、それに投資する企業と、そうでない企業との間に差が出てくる」と見ています。
製品を開発し、データ収集して分析し、顧客とコミュニケーションを取ることで期待されていることを理解する——このプロセスを繰り返すことで、ビジネスの方向性や製品のあるべき姿が見えてきます。「特に大企業では、プロダクト主導型の成長など無理だと考える企業が多いのですが、それは違います。顧客体験データの計測を繰り返すことで、徐々にビジネスは改善されていきます。小さな部分から始め、少しずつ改善すればいいのです。「プロセスに従うことと、失敗を恐れずに試していくこと。これが私からのアドバイスです」。
インタビュー全編収録動画
インタビュー動画では本記事に含まれていない部分も収録されています。世界のプロダクト・レッド・オーガニゼーションをリードする第一人者から語られるインサイトです。
※字幕をオンにしていただくと、日本語字幕が表示されます。