生成AIはキャズムを超え、トルネードを迎える
いまAIの分野では、技術の発展が急速に進み、私たちの生活に影響を与えており、市場環境はダイナミックに変化しています。AIの最先端をいくシリコンバレーでは、生成AIによって新しいソリューションが出現、既存のビッグテックやスタートアップは前代未聞の速さで反応し、競争関係が築かれています。AIは果たしてキャズムを超えたのか?今どの段階にいるのか?そしてこれからどこに向かっていくのか?
In-Q-Tel(米国政府情報機関の投資部門)、インテル・キャピタル(インテルのCVC)、現在はGeodesicといった投資会社で、10年以上にわたってAIの研究と投資を行ってきた経歴を持つ、Geodesic Capital パートナーであり投資チームのディビア・スダカに話を聞きました。
※この記事は、2022年8月のディビア・スダカと、Geodesic Japan カントリーマネージャーの尾辻マーカスによる対談をまとめ一部加筆したものです。対談全編はこちらの動画をご覧ください。
AIの基本となるレイヤー
日々進化を続けるAIは、より身近で使いやすいものになってきています。まず、そのAIの基本となるレイヤーを確認しておきましょう。
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コンピューティングレイヤー:AIのベースとなる分野です。この分野では、NvidiaのGPUが多くのAIイノベーションを支えています。Amazon(AWS)やGoogle、Microsoftといったクラウドサービスプロバイダーも独自のGPUを模索しているほか、コンピューティングとストレージを分散して提供し、利便性を高めています。また、Lambda LabsやCoreWeaveといった新興企業のGPUクラウドも注目されています。
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データプラットフォーム:AWSやDatabricks、Snowflakeなどが、AIのモデルやアプリケーションの構築に重要な役目を果たすデータレイヤーを提供しています。
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基礎モデル:AIモデルのベースとなる技術です。OpenAI、Cohere、Anthropicといった企業によるモデルはもちろん、オープンソースの大規模言語モデル(LLM)製品も多数登場し、テキストや画像の生成に使われています。
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開発者向けツール:これらのモデルを利用してアプリケーションを構築するには、開発者向けのツールが必要です。このレイヤーでは、モデルの実験や微調整、デプロイが行われます。
こうしたレイヤーをベースとして、アプリケーションが誕生します。法的アプリケーションからセールス、マーケティングなどのアプリケーションまで、さまざまな分野でイノベーションが起きています。
AI分野における大手企業の戦い
日本政府は特にコンピューティングレイヤーに注力し、次世代の半導体企業やGPU企業に投資してきました。また、GoogleやMicrosoftといった大手企業も、AIには早期から膨大な資金と開発リソースを注ぎ込んでいるほか、スタートアップ企業もAIを活用して製品を向上させるなど、この市場での競争は激化する一方です。クラウドの大手企業はAI分野で特に積極的な取り組みを進めています。AIへのプラットフォームシフトをいち早く理解し、自社の体制を整えることでAI市場での主導権を握ろうとしているのです。
Microsoft
MicrosoftはOpenAIへの投資が注目されています。同社は「Office 365」や「GitHub」などのネットワークを活用し、AI技術を自社製品に統合。2022年11月からは、AIを組み込んだ企業向けの「Microsoft 365 Copilot」を1ユーザーあたり月額30ドルで提供するなどして商業化を進めています。一方、企業向けチャットの「Bing Chat Enterprise」は無償で提供するなどして、市場シェアを獲得しようとしています。これは、Slackなどのサービスと競合する部分です。Microsoftのような大手企業が、自社のネットワークを活用してスタートアップを飲み込むことは簡単ですが、独占禁止法に触れないよう賢明に戦略を練っているようです。また、Office 365の既存ユーザーはデータセキュリティに敏感なユーザーも多く、OpenAIやMicrosoftのAIモデルの開発に自社データを利用されたくないと考える可能性もあります。そのためMicrosoftは、自社データを非公開にできるようなサービスを提供する必要があり、これによって企業はMicrosoftの提供するAIを安心して活用できるようになります。
検索の分野でも激しい戦いが起きており、BingがついにGoogleの独占状態を打ち破ろうとしています。GoogleはDeepMindを2014年に買収し、技術的優位に立ちましたが、この技術の展開や社会的影響について懸念があったため展開が遅れました。Googleは独自のモデルを展開しているほか、AnthropicやCohereといった企業に投資するなど、他のエコシステムプレーヤーとも提携しています。自社モデルだけでなく、パートナーのテクノロジーも自社のプラットフォームで提供できるという、オープンで賢明な戦略です。しかし、Googleにとっての大きな課題は収益化です。現在のコアビジネスが広告に支えられているため、今後はAI分野での収益化について考え、価値を生み出すよう検討する必要があるでしょう。
AWS
そしてもうひとつの大手企業AWSは、AWS上で生成AIを構築するツール「Amazon Bedrock」の一般提供を開始しています。これは、第三者企業のモデルを利用できるプラットフォームで、Stable Diffusion、Cohere、Anthropicといった企業のモデルが使用できます。これらのモデルは、自社データに使用してもデータが外部に流出することはなく、モデルの開発に使われることもありません。AWSでは、医療音声文字起こしサービスの「Amazon Transcribe Medical」なども展開しています。どのように市場を獲得するかはわかりませんが、こうしたサービスにも注目が必要です。
AI市場に参入するスタートアップ企業
スタートアップの中にも、AI技術を駆使して新しい製品を開発し、顧客を獲得している企業が増えています。
Workato
Workatoは6月に「AI@Work」という製品を発表しました。AI@Workは、生成AIによるアシスタント機能を搭載、ユーザーはレシピを構築してワークフローを自動化し、Workatoをより簡単に利用できるようになります。
Sourcegraph
また、Sourcegraphは「Cody」というAIアシスタント製品を市場に投入しています。これは、コードのレポジトリや収集した情報をもとにコードを生成するものです。Codyの利用には別途料金がかかりますが、これは同社の市場を拡大する新プロダクトで、日本でも多くの支持を得ています。
RunwayML
このほかにも、Runwayはテキストから画像や動画を生成する「RunwayML」というフルスタックソリューションを提供しています。例えば、「山の近くで馬が走っているシーンを作りたい」とテキストで入力するだけで、そのような動画を出力し、編集までできるものです。進化中の技術なので完全ではないものの、すでに映画やCMでこの技術が使われており、アカデミー賞を受賞した『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』でもいくつかのシーンでこの製品が使われました。
RunwayはAdobeとの競合が懸念されますが、Runwayはモデルからアプリケーションまで自社でバリューチェーン全体を所有しているため、オープンソースモデルを改良し続けることができます。エンド・ツー・エンドのワークフローにも重点を置き、アニメーションスタジオなどのクリエイティブ分野で活用されています。技術的に困難なこの分野はイノベーションもあまり起きていませんが、同社の潜在的可能性は非常に大きいといえるでしょう。
AIはキャズムを超えたのか
AIは現在、ハイプ・サイクルではピークに達しており、S字カーブにおいても技術としては全体的にキャズムを超えたと考えられます。革新的な企業、特に大手ハイテク企業は、AI技術を取り入れてさまざまな取り組みを行っています。これはまさにトルネードの段階で、企業は製品にAIをどう組み込むか、また市場でのイノベーションにどう対応するか、戦略を模索しています。ただ、全体的な普及はまだこれからです。
多くの企業は、AI技術の機能や活用方法を理解すべく、パイロットプログラムやPoCを実施しています。つまり、AI技術はまだ完全に成熟しておらず、すべての企業が積極的に採用しているわけではないのです。それでもイノベーションや普及は急速に進んでおり、経営陣もAIの採用を最優先事項と位置づけています。
しかし、ミッションクリティカルな製品の場合は別です。例えば、医療分野で生死に関わるような分野には、まだ人間の判断が必要とされますし、完全な自動運転車が今すぐ大規模展開されるとは思えません。技術は進化し続けますが、100%の正確さが求められる分野では、導入も時期尚早といえるでしょう。
一方で、ゲームなどの生死に関わらないような分野では、今後急速な発展が見込まれます。例えば、ゲームの映像シーンの生成にAIを活用するなど、多くの消費者向けアプリケーションでの活用です。カスタマーサポートのような企業向けのシナリオにおいても、チャット機能で担当者が質問に答えているケースでは人間がループの中にいるため、100%正確である必要はありません。
人材確保に向けた新たなアプローチ
AIの急速な進展により、多くの企業で課題となっているのが人材不足です。ただし、この技術はソフトウェア開発者にも普及しています。自社モデルを構築せずに既存のモデルを微調整する場合、ソフトウェアエンジニアが自らのスキルを駆使して複数のモジュールでトレーニングすることも可能なため、既存のモデルを利用する企業は自社のソフトウェアエンジニアの活用することも選択肢のひとつです。学術機関やトレーニング機関も多いですし、エンジニアの多くはミートアップやハッカソンに自ら参加してスキルを向上させています。
しかし、生成AIで注目すべき点は、モデルのトレーニングが不要になる可能性があることです。既存のモデルを用い、各組織が自ら持つデータで微調整すれば効果的な成果が得られるのです。開発者向けのツールも豊富なため、自社のソフトウェアエンジニアを活用すれば新たなステージに到達する可能性が高まるでしょう。
一方、人口が減少している日本では、多くの企業は海外にも視野を広げてソフトウェアエンジニアを採用しようとしています。日本のリクルーターによると、タイやマレーシア、インドなどにも注目が集まっており、こうした国で働く人材を引き入れる動きも活発です。日本企業の人材確保が深刻な問題となっているためですが、この課題に取り組むには移民への障壁を取り払う必要もあります。
AIの未来展望
AI技術の採用は始まったばかりですが、すでに製品が市場に登場していることも事実です。おそらく来年には、より広範囲に展開され、多くのメインストリームユーザーが日常業務にAIを組み込むようになるでしょう。
こうしたユーザーが完全にAIを仕事に組み込むかどうかは不透明ですが、この1年で多くの人がAIを使いこなし、その使い方を理解し始めることは明白です。この段階で求められるのは、シームレスなユーザーエクスペリエンスです。ユーザーがつまづかないためにも、サービスの提供事業者が次の段階にスムーズに進むためにも重要なことなのです。
さらに3年も経てば、メインストリームでの普及が進み、レイトアダプターの導入も増えるでしょう。新しいAI関連製品を導入した企業が、労働力の効率向上や収益増加につながると情報発信することで、さらなる採用が進みます。これからの市場の発展は非常に興味深いものとなるでしょう。
ゲスト紹介:
ディビア・スダカ | Geodesic Capital パートナー
主にエンタープライズ ソフトウェア企業への投資を担当。Geodesic入社前は、Intel Capitalで、アーリーからグロースステージのエンタープライズ ソフトウェア企業への投資を主導していた。それ以前は、米国情報機関コミュニティのベンチャーキャピタルIn-Q-Telにおいて、エンタープライズ アプリケーションおよびインフラストラクチャへの投資を担当。クレディスイスでキャリアをスタートし、投資銀行業務に従事したのち、Oaktree Capital社で投資家としての経験を積んでいる。 UCLAでビジネス経済学の学士号、ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得。