脱炭素社会実現に向けて取り組むスタートアップ企業

Written by
SHIRO WATANABE

Geodesic Capitalはこれまで、業務効率を高めるDXのコア技術・サービスを提供するテクノロジー企業に投資し、これらの投資先企業の日本進出をサポートしてきました。こうしたサービスはクラウドをベースにしており、オンプレミスで個々のアプリケーションを動作させるよりもエネルギーの使用効率は高まっていると言えます。そして、処理するデータがクラウドに集約されると、新しいサービスが生まれます。その最たる例がAIです。そういった新しいサービス(多くは何らかの形でAIが利用されています)は、さらなるコンピューティングパワーを必要とします。消費電力を抑制したプロセッサや通信技術はクラウドの電力効率を確実に高めていますが、それでもクラウドの全体の消費電力量は2030年までに30%増加するという予測もあります

こういった状況を踏まえ、今後さらに再生可能エネルギーへの転換は必須となってくる一方で、太陽光、洋上風力による発電への移行は喫緊の課題です。そして、これらの電源から供給される電力をうまく利用する蓄電技術、効率の高い電池といった、再生可能エネルギーの利便性を高める技術や日常生活でGHGを排出しない産業用マテリアルの需要もますます高まってくると考えています。

Energy Transformation (EX Trek)

2023年10月4日-5日、Geodesicは、エネルギー資源のトレーディングから再生エネルギーの供給者へと事業モデルの転換の取り組む三菱商事株式会社(以下、三菱商事)と「Energy Transformation (EX Trek)」を東京で開催しました。このイベントには、北米から二酸化炭素の排出量削減に寄与する技術を開発する企業8社が参加し、Speaker Seriesセミナーやネットワーキングレセプション、日本企業との個別ミーティングを行いました。

セミナーでは、三菱商事が設立したクライメートテック特化型投資ファンドを運営する丸の内イノベーションパートナーズ株式会社 社長 三好一郎氏、アビームコンサルティング株式会社 執行役員 堀江啓二氏や、日本を代表するリテール事業者であるイオン株式会社 伴井明子氏(チーフサステナビリティオフィサー)に気候変動対策に係る取り組みついてのご講演をいただきました。その内容については、Speaker Seriesを共同開催した U.S.-Japan Councilによって配信された記事(英語)にまとめられています。

伴井氏は今回のイベントについて、「既に実用段階にある気鋭の企業が多数登壇され、非常に有益な学びの機会となりました。当社イオンとしても、今後の環境保護・社会貢献への取り組みに、貴重な示唆を得ることができました。素晴らしい機会を頂き、心よりお礼申し上げます」と語っています。

参加した北米クライメートテック企業

ゼロエミッションを実現する産業マテリアル企業

EV用電池関連企業

  • Factorial Energy社:メルセデス、ステランティス社が出資し、信頼性、性能で高い評価を得ている固体電池メーカー
  • Witricity社:車載用電池の高速ワイヤレス充電システム
  • Moment Energy社:使用済みEV電池を利用した蓄電システム

気候変動データ企業

  • Climate.AI社:短期/長期の気候変動予測で、SCMのレジリエンスを高める情報サービス
  • Persefoni社:GHG排出量計測、気候変動の影響に関すする情報開示に関するコンサルティングサービス

今回のセミナーの参加者アンケートで、参加した日本企業の半数以上はGHG削減に向けた戦略を公表していると回答しています。従来の再生可能エネルギーは取り組みへのコストやリスクが高いことが課題の一つでした。今回参加したスタートアップ企業は、カーボンニュートラルに向けた取り組みにあたってのハードルを低くしています。ゼロカーボンセメントは従来のセメントを置き換えるだけ、生分解性プラスチックは従来のプラスチックを置き換えるだけで、追加のコストはわずかです。これらのスタートアップ企業は、従来の再生可能エネルギーの持つ課題にアプローチできるという点でカーボンニュートラルの戦略目標実現に向けて活動する日本企業にとって大変興味深いソリューションを提供しています。

それでは、こういったテクノロジーが必要とされている日本の脱炭素や気候変動に関する状況・背景について見てみたいと思います。

日本の事情

気候変動

2023年の日本の夏は、温暖化を実感させられるには十分すぎるほどの高温が続きました。1875年(日本近代産業勃興期)と月別の平均気温を比較すると、今年の7月は2.7℃、8月は4.3℃、9月は5.2℃上回ったという結果で、2015年に合意されたパリ協定「産業革命前と比較して、気温上昇を1.5℃に抑える」という目標を嘲笑うかのような異常さでした。

日本の月平均気温推移

7月 8月 9月
1875 26.0 24.9 21.5
1900 22.8 26.1 22.6
1950 26.5 26.2 23.8
1951 24.3 26.7 20.7
1980 23.8 23.4 23.0
1990 25.7 28.6 24.8
2000 27.7 28.3 25.6
2010 28.0 29.6 25.1
2020 24.3 29.1 24.2
2021 25.9 27.4 22.3
2022 27.4 27.5 24.4
2023 28.7 29.2 26.7

出典:気象庁

数十年前から、温暖化は人間の経済活動によるCO2排出に起因するとされてきました。現在では多くの気象科学者、経済活動を担う企業関係者、企業活動を支える投資家、農業生産者、消費者の多くがCO2が主因という考え方を受け入れており、 CO2排出削減方法の一つとして再生可能エネルギーの普及を待望しています。

温暖化は水害の激甚化に繋がっており(2014年にそれまでの集中豪雨を上回る規模の降雨をもたらす線状降水帯という気象用語が登場)、従来の防災インフラでは対応ができず、人命を犠牲にする水害の件数は増加し、農産物へも被害が及んでいます。こうした災害からの復旧費用は数兆円に及びます

2050年、カーボンニュートラルに向けたエネルギー計画では、再生可能エネルギーは、水力、太陽光、風力に代表されますが(現在は、日本の1次エネルギー源の14%程度)、これらの発電方法には様々な課題があります。日本の国土は平地が少ないため、従来の技術をベースにした太陽光パネルの設置余地は大きくありません。水力発電のための大規模ダムの建設余地も小さいと言われています。また、太陽光発電は発電量が日照条件に大きく依存し、元々日中しか発電しないパネルサイトの発電量はコントロールできません。風力もしかり、その日の風量に依存します。

再生可能エネルギーの可能性

そのような中、日本で独自に育っている技術もあります。その一例が、シリコン型ソーラーパネルに替わる技術として大きな期待が寄せられているペロブスカイト太陽電池です。シリコン型と比較して厚さ100分の1、重量も10の1で、パネルは曲げることもでき、設置場所も壁面など多様です。価格も原理的には従来型のパネルより安価になると言われています。すでにパナソニック、積水化学など10社以上の大手メーカーに混じって、三菱マテリアルや日揮HDが出資する京大発ベンチャー「エネコートテクノロジー社」などが製品化に向けて鎬を削っています。

また、再生可能エネルギーの主役の一つとしてすでに実用化の段階にある洋上風力発電は、陸上の風力発電に対して安定した電力源であり、四方を海に囲まれている日本向きの技術と言えるでしょう。すでに三菱商事が3つの海域で設置を進めることが決まっています。

EVの普及

カーボンニュートラルを実現するには、エネルギー源がゼロエミッションのであるだけでなく、エネルギーの消費側にも重要な役割があります。その代表がEV利用の促進です。日本は自動車生産大国にもかかわらず、EV普及では中国、米国、EUいずれにも大きく遅れをとっています。現在、日本の自動車メーカーは全て、自動運転とEV開発にほどんどの開発リソースをつぎ込んでおり、EVの選択肢はまもなく大幅に充実するのではないでしょうか。今回のEX Trekに参加したFactorial Energy社の全個体電池は、EV用として安全性を大幅に高め、かつエネルギー密度を向上させる技術として大変期待されています。

 

それでは、エネルギーの大手需要家でもなく、自動車メーカーのように自らの商品が化石燃料の消費を前提にしていない企業はどうでしょうか?積極的な脱炭素行動は急ぐ必要はないとは言えません。2050年の脱炭素(CO2排出実質ゼロ)にコミットする金融機関の融資連合「グラスゴー金融同盟(GFANZ:日本の3メガバンクを含め45カ国から430の金融機関が加盟、運用資産130兆ドル)」は、TCFDの推奨を基準に投資先への圧力(ダイベストメントや役員会決定や役員報酬への反対)をますます強めると予測しています。

機関投資家でなくとも、今後、企業の商品やサービスにおける脱炭素の取り組みを消費者がどう見るか、就職活動をしている学生がどう捉えるかといったことは、容易に想像が着くと思います。日本の今夏の高温は、消費者や学生にゼロエミッションの重要性を痛感させるに十分な異常さではなかったかと思います。

Geodesicでは、今後もEX/GX分野のテクノロジー企業の動向を注意深く追っていく同時に、ネットゼロ社会実現に向けた日本と北米企業の出会いの機会を設けていく予定です。これらの企業や北米での動向にご興味をいただいた方は、ぜひご連絡ください。

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