環境問題への対応策と多様性がもたらすイノベーション
ESG(Environment:環境、Social:社会、Governance:ガバナンス)やSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)など、環境や社会に関するキーワードが、企業や投資家の間で注目を集めています。これらの分野について、環境とダイバーシティ(多様性)という二つの視点から考えてみたいと思います。
環境問題に立ち向かうイノベーション
環境問題と戦うための重要な手段のひとつである、イノベーションについて見ていきます。Geodesicと共同セミナーなども行った、シリコンバレーのベンチャーキャピタル、Energy Impact Partners(EIP)では、環境問題対策に取り組む企業への投資を積極的に行っています。EIPが注力する主な投資領域は以下の6つの分野です。
産業の脱炭素化
さまざまな産業が化石燃料をエネルギー源として使用し、大量の二酸化炭素を排出していることに対応するため、鉄鋼産業やセメント、熱エネルギー、肥料生産などの脱炭素化を手掛ける企業に出資しています。その1社であるBoston Metalは、二酸化炭素を排出しない新たな手法で鉄鋼を生産する技術を開発しており、2020年代後半までには商用化できるとしています。
エネルギー貯留
風力発電や太陽光発電に間欠性の課題があることから、さまざまなベンチャーが次世代の蓄電技術を開発しています。Form Energyでは、リチウムイオン電池の10分の1の価格で長時間のエネルギー貯留が可能な最新バッテリーを開発し、再生可能エネルギーを安定的に供給するソリューションとして大きく期待されています。
その他分野への投資
カーボンニュートラルのエネルギー生成:Zap Energy(核融合エネルギーの開発)
二酸化炭素の回収と再利用:Carbon America(炭素回収と貯留)
さらに、環境問題を解決するにはソフトウエアやビッグデータ、AI、セキュリティなどの情報技術も欠かせないため、数多くのソフトウェア関連企業にも出資しています。このディープテックと情報技術の組み合わせが、次世代のカーボンフリーエネルギーと持続可能な生活や成長につながっていくのです。
気候テック投資の現状
イェール大学の記事によると、気候テックの各分野の発展状況がSカーブで示されていますが、風力発電や太陽光発電などはすでにアーリーステージを脱し、成長過程にあることがわかります。また、電気自動車にはインフラの課題があるものの、優れた製品を製造すれば売れることがTeslaによって証明されたことから、今後成長が見込まれます。
一方、鉄鋼、セメントなどは未だキャズムの手前の段階です。この段階のベンチャー企業は、統計的に9割が失敗に終わるとされていることから、この分野への投資や事業展開は、それぞれの企業がどのステージにあるかを理解するよう、イェール大学は指摘しています。
Sillicon Valley Bankが示したハイプカーブも紹介しましょう。Sカーブでは縦軸が売上を表していましたが、ハイプカーブの縦軸は期待値です。アーリーステージの技術は、商用化や実用化まで先が長いにもかかわらず、期待値が非常に高くなっていることがわかります。そのため同銀行では、期待値の高い段階で投資や事業展開に踏み出すと失敗することが多いと警告しています。
気候テックを手掛ける企業の多くは未だアーリーステージです。しかし、いずれ製造業を中心に大きな変革がもたらされることは間違いありません。日本にとっても大きなチャンスですが、日本は世界トレンドとは異なる道をたどるという、国内市場独自のリスクがあることもあります。
ダイバーシティの力
もうひとつのトピックは、ダイバーシティについてです。人種や宗教、生まれた国が異なる人たちが集まると、たいてい物事はスムーズに進みませんが、それがシリコンバレーに限っては、多様性がプラスに働き、大きな力につながっているのです。
例えば、GoogleやMicrosoft、AdobeのそれぞれのCEOがインド人であることは有名ですが、ほかにもTwitterやIBM、VMwareのCEOもアジア人です。また、『CEOWORLD』誌による世界のトップCEOランキングで1位となったAppleのティム・クック氏は、LGBTQであることをカミングアウトしています。女性についても、SpaceXのプレジデントや、OracleのCEO、SAPの共同CEOを女性が務めているほか、Google、nVidia、Square、Microsoftといった企業のCFOの役職でも女性が活躍しています。
ただ、それでもシリコンバレーの多様性は不十分だとされています。『Los Angeles Times』紙では、シリコンバレーのIT業界は白人男性が優勢で、白人以外の人種や女性が不利益を被っていると指摘しています。
具体的な数字を紹介します。米国の人口全体における人種の内訳と比較すると、AppleとGoogleでは黒人とヒスパニックの比率が低くなっていることがわかります。管理職ではさらに低く、Appleの黒人管理職は4%、Googleの黒人管理職は3%に過ぎません。
男女比を見ても女性の比率が低く、Appleでは35%、Googleでは32%です。管理職は全体とほぼ同水準ではありますが、それでも女性比率が低いとされています。
同じIT業界で日本を見てみましょう。NECと富士通では女性比率が約2割と低いですが、楽天は米国企業より女性比率が高く、40%を達成しています。女性管理職に関しては、NECと富士通がそれぞれ7-8%にとどまっているのに対し、楽天は29%と高い比率になっています。楽天は最近モバイル事業に参入するなど、さまざまな新事業に挑んでいますが、そのパワーはこの多様性から来ているのではないかと感じます。
もう一点、シリコンバレーには日本人が極めて少ないことも指摘したいと思います。サンフランシスコのアジア人人口を国籍別に分けると、中国人は全体の11.7%を占めているのに対し、日本人は0.4%とかなり低い割合です。今後より多くの日本人にシリコンバレーで活躍してもらうことを期待しています。
各国が抱える課題
最後に、各国におけるESGとSDGsの課題について触れておきたいと思います。
スリランカ
ESGランクは高いものの、サステナビリティが低いとされています。実は同国のESGランクは世界トップだったのですが、ESGに注力し過ぎた結果、食糧不足に陥っており、政治の不安定にもつながっています。
ドイツ
脱炭素化に熱心でしたが、その取り組みはうまくいっていません。また、現在はロシアへのエネルギー依存度が非常に高く、今後の動きについて検討している段階です。
ロシアとウクライナの戦争
この戦争により、各国でESGとエネルギー自給化のバランスが見直されています。同時に、食料の安全保障に関しても同じような議論が起こっているのが現状です。
このように、人類が直面する大きな課題を解決するにはイノベーションが必要です。そのイノベーションを起こすには、多様性が不可欠なのです。