ESG、その本当の意味と役割
Written byNick Giometti
ESGとは何でしょうか。アメリカであろうと日本であろうと、ESGについて語るときは、同じ理解の下に語られる必要があります。ESGは環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の3つの要素の頭文字を取った用語で、その認知度は出資者やベンチャーキャピタル、企業の創業者の間で急速に高まっています。長期的に持続可能な成長分野への投資について語るならば、ESGの成り立ちや目的に関する理解が不可欠です。それでは、ESGとは一体何なのか、類似する他の戦略と何が違うのか、2回に分けて説明していきましょう。
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フレームワークとしてのESGの歴史と関連情報(前編)
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ESGとその他の責任ある投資戦略との違い(後編)
ESGについて理解する
簡単に言えば、ESGとはリスク評価です。環境、社会、コーポレートガバナンスのフレームワークによって、財務諸表に反映されないが、長期的に維持可能な経済活動を妨げかねないリスクを評価します。ESGには定められたリスク基準はありませんが、以下の表に記載した例から、行政やデータベンダーが何を測ろうとしているかを垣間見ることができます。
ESGの重要性
ESGが意識されるのは、投資が長期にわたり、リスクへの包括的アプローチが必要になる場合です。特に運用期間が5年以上になるアセットクラスでは、ESGの影響がより強くなります。長期的に投資をすれば、問題が発生する時もあるでしょう。その際に投資家はESGフレームワークでリスクを評価および管理し、企業をエグジットへと導きます。企業のリスクは多種多様ですが、多くの場合、チーム、商品、市場、トラクション獲得のカテゴリのうち、どれかを組み合わせたものに分けられます。将来の業績予測を行うには、財務分析は必要ですが、それだけでは不十分なのです。
もちろん、投資先の財務評価は重要です。しかし、過去数期分の四半期実績を追跡したところで、将来の収益を予想することは困難でしょう。投資リターンが大きくなるのは、むしろ中核となる事業基盤が堅牢な場合だからです。業績の上がらない企業は決まって、強力な企業文化やガバナンス、そしてビジネスを展開する環境に欠けています。
バランスシートに問題がなくても、ESGのリスクを把握しなければ実質的な財務上の損失を招くことになりかねません。ESGがリターンに及ぼす影響について懐疑的な方でも、2015年にフォルクスワーゲン社が引き起こした排出ガス不正問題を考えれば、事の重大さがお分かりでしょう。同社は問題発覚後の2か月間で 株価の46%、すなわち約4兆8450億円の損失を出しました。
世界と日本におけるESGの規模
ESGへの取り組みはすでに始まっており、投資家たちは実際にESGの影響下で資産を運用しています。このような運用資産はおよそ4,400兆円に上り、今後も増えることが予想されます。2020年にモルガン・スタンレーが大口投資家のESG導入状況を調査したところ、調査対象の80%が投資プロセスでESGを考慮していることが分かりました。
ESGの採用は世界的な現象となっており、日本でもすでに導入されています。2016年から2018年までの間に持続可能な運用資産が4倍に増え、現在総額は228兆円を超えました。2020年には、日本最大の年金運用機関であるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が、経団連および東京大学と共同で作成した報告書では、政府が掲げる「Society 5.0」構想の実現に向けて「人間中心の社会(human-centric society)」への投資を促しています。
日本は長きにわたり、持続可能な経済と環境を推進してきました。事業規模の大きい公的機関や民間組織が投資を通じてESGの取り組みを支える中、国の脱炭素化が加速しています。電力、鉄鋼、化学の各分野に効率的に投資したことで、2010年代にはGDPあたりのエネルギー効率が1970年代の40%減 となりました。また、2050年までに二酸化炭素排出量をゼロにすることが、国の目標となっています。
ESGの歴史: 2005年から現在まで
ESGの3要素である「環境、社会、コーポレートガバナンス」の概念は、それほど新しいものではありません。ESGは、2005年に公開された報告書、「Who Cares Wins(思いやりのある者が勝利する)」の中で初めて登場した造語です。2004年に当時のコフィー・アナン国連事務総長が、ESG要素を投資プロセスに組み込むよう主要金融機関のCEOに協力を求め、その後この報告書が作成されました。それからESGが主流になるまで、10年以上の時間が流れています。再度ESGを投資家に広める重要な役割を果たしたのは、資産運用会社のBlackRock社CEO、ラリー・フィンク氏を始めとする公開市場に関わるリーダーたちでした。
2015年にフィンク氏は、小さな種に過ぎなかったESGを成長させる試みを開始します。フィンク氏は投資先のCEOに対し、「価値を生み出す長期的アプローチ」に向けて業務を再構築するよう、そして四半期ごとのアナリスト予想を意識した短期的成果には固執しないよう訴えました。そして2016年には、貸借対照表や米国証券取引委員会に提出する四半期業績報告書、「Form 10-Q」に記載されない長期リスクをモデル化し、管理するためのフレームワークとしてESGを提案しました。フィンク氏は次のように述べています。「長期にわたる環境、社会、ガバナンス(ESG)の問題は、気候変動から多様性、取締役会実効性まで様々だが、どれも財務上の影響を実際にもたらすものである」BlackRock社は数百兆円規模の資産運用を行う巨大投資会社であるため、委任投票を通じて取締役会レベルの変更を外部から促すことができます。投資家および企業リーダーの双方が、長期的プランを推進するフィンク氏の言葉を明確かつ強いメッセージとして受け取りました。
その後、投資家やリミテッドパートナー(LP)、企業リーダーは、財務的に持続可能な未来を創造するという概念を支持してきました。バランスシートに記載されないリスクを含めて総合的に運用をしたいというリミテッドパートナーの要望に応えて、投資会社はESGポリシーを急いで定義しました。インデックスプロバイダーと格付け機関は、投資家がリスクを測定するための指標を早急に作成しました。
これと同時に、SASB(サステナビリティ会計基準審議会)のような規制組織は、企業や事業部門にとって、どのESG要素が財務実績と最も強い関係があるかを示す基準を設定しました。例えば、銀行は自分たちが排出する二酸化炭素を無視することはできません。長期的に見た場合、コーポレートガバナンスを発揮して社会的責任を果たしていくことが、財政上の持続可能性に大きく影響することになります。
2019年、米国主要企業のCEOが200人近く参加して、持続可能なビジネス慣行を推進する公共政策に取り組むため、経済団体「ビジネスラウンドテーブル」を結成しました。同団体は企業の経営理念(パーパス)について、1970年にミルトン・フリードマン氏が主張した「ビジネスの最重要事項は株主(シェアホルダー)価値の提供だ」という考えから離れ、より視野を広げた「ステークホルダー価値の提供」に転換するという声明を共同で起草しています。
このアプローチは投資家のみならず、企業の顧客、従業員、パートナー、そして彼らが居住し働いている地域社会に価値を提供するという企業の取り組みを示すものです。ESG投資フレームワークとの明確な関連性はありませんが、ステークホルダーへの価値に焦点を当てることで、ビジネスラウンドテーブルの事業運営に対する包括的な見解と、財務指標だけに頼らない企業の長期的な実行可能性を評価する必要性が共有されました。
ESG展開に時間がかかった理由
英語には「We are what we measure.(人は計測したものに影響される)」という格言があります。すべてがデータに基づいた投資フレームワークを使用してESG要素を効果的に測定するには、リスクを数値化できる確実な情報が必要です。フォーブスは、世界中のデータの90%が過去2年間に作られたものと推定していますが、ESGのデータは良くも悪くもほぼ同じ状況にあります。MSCI、サステナリティクス、リフィニティブ、ブルームバーグなど、多くの第三者評価機関(データベンダー)はそれぞれ独自のESGデータセットを開発しています。長い間指標が存在していなかったため、過去の統計に基づくバックテスト用のベンチマークはなかなか作成できません。現代のデータ インフラストラクチャーによって従業員の定着率やサプライチェーン系統など、主となる運用指標を追跡する能力が向上したこと、そして、サードパーティのデータベンダーが企業の生のデータをESGシグナルに変換できるようになったこと、この両方によって、ESGと財務実績の間の予測値がより明確になったのです。
公開市場のデータセットが成熟する一方で、非公開市場の測定の問題はより複雑です。多くの民間企業は、サプライチェーンに影響を及ぼし、流通チャネルパートナーを支援するといった、ESG主導の運営ができるほど規模が大きくないからです。運用に関する広範なESGデータを収集することも困難です。非公開市場では、企業の経営手法は標準化されておらず、ESGに沿った意思決定が可能かどうかは、各企業の部門やその時の状況によって異なります。
重要なポイント
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ESGとはリスク評価、特に会社の財務諸表には現れないリスクを評価するものです。バランスシートに記載はされませんが、環境、社会、コーポレートガバナンス(ESG)は事業運営の中核であり、実行するしないに拘わらず、企業の長期的な財務実績に大きな影響を与えます。
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ESG投資は巨額です。4,400兆円を超える運用資産がESG投資戦略に割り当てられ、世界中で急速に拡大し続けています。日本など米国以外の国々でも、長期的な経済、環境の持続可能性という考え方が公的機関、民間機関の双方から支持されています。
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ESG自体は新しいものではないが、ESGデータは新しいものです。ESGは2004年から存在していますが、2010年代の半ばまで本格的に取り組まれていませんでした。再認識されたのは、企業のリーダーや資産運用担当が支持しただけでなく、現代のデータインフラストラクチャーとデータベンダーが、企業のESG状況を評価するのに必要な指標を十分に設定できたためです。
次回予告
後編ではその他の責任ある投資戦略との違いは何かを掘り下げ、引き続きESGを明確に定義していきます。具体的には、社会的責任投資(SRI)やインパクト投資とESG投資の違いを説明します。それぞれの戦略が何を目指しているかを理解すれば、持続可能な未来を構築するため、資本をより適切に割り当てることができるでしょう。