Geodesic Forum 2020: モビリティ変革への挑戦

Written by
Marcus Otsuji

Geodesic Forum 2020

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(Geodesic Forum 2020 テック・カンファレンスで開会の挨拶をするGeodesic Capital パートナー、マット・フラー。2020年2月17日、六本木のグランドハイアット東京にて)

Geodesicの主なミッションは、日本とシリコンバレーから業界のリーダーを招聘し、特に変革や創造的破壊の分野における考えを交換しつつ、有益な関係を築くことにある。

さまざまな業界の中でも世界中の人々の生活や、企業、行政に最も大きな影響を与えるのはモビリティ業界であろう。モビリティは、世界中で多くの投資とイノベーションが行われている分野である。スタートアップ企業や一流の自動車や物流企業、巨大テクノロジー企業(Google、Amazon、Apple、アリババ、DeNAなど)が競争、連携をしながら非常に複雑に絡み合っており、独自の研究開発、投資、パートナー提携や、活発化する合併・買収を通じて未来のモビリティの一端を担おうとしている。

モビリティ分野はイノベーションの範囲が広く、1回のイベントですべてを取り上げることは難しい。だが幸運にも、2020年2月17~19日に東京で開催された、Geodesicが主催する年間最大のイベントGeodesic Forum 2020では、基調講演でシリコンバレーのモビリティ分野をリードするスタートアップ3社の創業者 兼 CEOにご登壇いただき、各企業が描く未来への展望と、モビリティの現状を大きく改善するための自社の取り組みについて語っていただいた。

しかし、イベント後まもなく、新型コロナウイルス(COVID-19)の感染上昇を抑えるため、渡航の禁止、在宅勤務、ソーシャルディスタンスを取ることが行政より求められ、モビリティの推進は急停止を余儀なくされた。7か月が過ぎた今も、モビリティの未来に不確定要素は多い。しかしこの状況は、Geodesic Forum 2020で語られた内容を振り返り、あれから何が変わって、そこから何を学んだかを考える良い機会になると考える。

Geodesic Forum 2020 テック・カンファレンス  
テック・カンファレンスの講演者:
クリス・アームソン(Chris Urmson)氏、共同創業者 兼 CEO
企業名:Aurora社(自動運転プラットフォーム)
資本金:6億2000万ドル (約651億円)
主な投資主: Sequoia、Greylock、Amazon、Geodesic
本社所在地: 米国カリフォルニア州パロアルト

ブラッド・バオ(Brad Bao)氏、共同創業者 兼 CEO
企業名: Lime社(超小型モビリティ プラットフォーム)
資本金: 9億3500万ドル (約981億円)
主な投資主: Bain Capital、Andreessen Horowitz
本社所在地: 米国カリフォルニア州サンフランシスコ

ジョーベン・ビバート(JoeBen Bevirt)氏、創業者 兼 CEO
企業名: Joby Aviation社(空飛ぶタクシー)
資本金: 7億2100ドル (約757億円)
主な投資主: トヨタ自動車、Intel Capital、Capricorn Investment Group
本社所在地: 米国カリフォルニア州サンタクルーズ

彼らの講演内容からモビリティの現在の問題点が浮き彫りになった。講演者の表現とは異なるかもしれないが、それは、「自動車」の一語に集約される。

今の自動車の数はどう考えても多すぎる。そのため交通渋滞が起こり、化石燃料が大量に消費され、駐車場が不足する。そして交通事故の数もあまりにも多い。言うまでもないが、ハンディキャップをもつ多くの人々や増加傾向にある高齢者にとって自動車の使用は困難だ。つまりモビリティ業界の変革は絶対的に必要とされていて、それが実現する日は近づいている。それでは、各企業の創立者 兼 CEO3名の講演内容と、「自動車問題」に向けたそれぞれ独自のビジョンをご紹介しよう。

クリス・アームソン氏

Aurora社による「自動車問題」解決策: 自動車そのものを「創り直す」 – 自動運転技術の開発

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全世界の交通事故による死者数は年間で1億2千万人を数えるが、自動運転はこのような命を救える可能性を秘めている。それと同時に、極めて貴重なリソースである我々の「時間」を大幅に節約できるのである。Auroraが開発中のAurora Driverは、自社開発のハードウェアとソフトウェア、データサービスで構成される自動運転プラットフォームだ。多くの競合企業とは異なり、Auroraは車両の製造はしない。Aurora Driverは幅広い種類の車種に容易に搭載できるよう設計されているため、自動車メーカーや運輸関連企業と提携して、先ずは業務車両や配達車両を皮切りに、市場展開を開始する予定だ。

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【写真上】過去の実績: クリス・アームソン氏は自動運転技術の先駆者の1人だ。2004年にアメリカ南西部のモハーヴェ砂漠で開催されたロボットカーレース、DARPA Grand Challengeでは、カーネギーメロン大学のチームの一員として参加し、チームの車両が最長距離を走行した。その後、彼の所属するチームは、2007年DARPA Urban Challengeを制している。

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【写真上】2020年現在: Geodesic Forum 2020 テック・カンファレンスにて、Aurora Driverの高度な認知機能とナビゲーション機能について説明するクリス・アームソン氏

ブラッド・バオ氏

Lime社の「自動車問題」解決策: 自動車の周りをゆく

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Limeの価値提案はシンプルだ。市街地では、歩くには遠いが車で移動するには近すぎる場合がある。このような都市部のモビリティ需要に最適なソリューションが、オンデマンドで利用可能な電動キックボードだ。Lime社の電動キックボードは、わずか18か月の運用期間で1億回も利用された(これはUberやLyftよりもはるかに早くこの数字を実現したことになる)。本講演を行った時、Limeはサービス開始からわずか2年ほどであったが、すでに30カ国120の都市に展開をしていた。

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電動キックボードでの移動によって、消費者は時間を節約し、出費を抑えることができる。また、道路から自動車を減らし、二酸化炭素の排出量を削減するなど、モビリティ分野のあらゆる進歩が経済活動の更なる活性化につながっていく。Lime独自のプラットフォームには、洗練されたビッグデータ、人工知能、テレメトリ(遠隔測定)インフラストラクチャが搭載されている。これにより、利用者にシームレスに利用可能なサービスを提供しながら、数万台もの電動キックボードの需要と供給のマッチング、メンテナンスや交換をすることが可能となっている。

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ジョーベン・ビバート氏

Joby社の「自動車問題」解決策: 自動車の上を飛ぶ

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未来を考えるにあたって、想像に限界はない。自動車に関する問題を解決するなら、空を飛ぶようにしたらどうだろう。これが「空飛ぶタクシー」のスタートアップ企業Joby Aviationの提案だ。連日、地上では自動車、道路、橋、スクーター、渋滞が混ざり合って、交通戦争が起きている。これを回避するためのオプションとして、安価でいつでもどこでも利用可能な電動の空飛ぶタクシーを加えることが、同社のモビリティのビジョンである。まるでスターウォーズのようなファンタジーに思われるかもしれないが、同社はトヨタ自動車を含む大型投資家から7億2000万ドル(約756億円)を集めており、特にトヨタは最新の資金調達ラウンドで3億9400万ドル(約413億円)を出資している。トヨタは明確な戦略の基に投資を行っており、Jobyのビジョンを実現するため積極的に協業している。

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さらに日本では、経済産業省がすでに「空飛ぶクルマ」のガイドラインを公開している。これはJobyのために作られたわけではないが、空飛ぶクルマが日本のモビリティの一端を担うことを政府が期待しているものと言えよう。

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【写真上】本スライドは、成田国際空港からいくつかの地点までJobyの空飛ぶタクシーでの想定移動時間は、従来の車での移動より5倍早いことを示している

モビリティ関連のスタートアップは、シリコンバレーおよび世界中に数百社は存在する。ここで取り上げたのはわずか3社であるが、それぞれの企業が多種多様なアイデアを反映した未来への異なるビジョンを持っており、多くの起業家や投資家を魅了している。

今の状況を見てみよう

テック・カンファレンスで登壇いただいた3社のうち、AuroraとJoby Aviationはまだ研究開発段階で、どちらも本年度の販売を計画していなかったため、新型コロナウイルス(COVID19)の影響は少なかった。Lime社は、ソーシャルディスタンスなど行政の指示に従った結果、99%のサービスを停止することになり、資金確保のため、全社員の13%にあたる80名を解雇せざるを得なかった。それでも先行きは厳しかった。

しかしながら、私の連載記事「オムニチュア社の企業分析」の第1回、「アグレッシブなセールスを中心とする企業文化」にあるように、拡大(スケール)および市場におけるリーダーシップはスタートアップ企業にとって不可欠である。そして、この経済的に困難な状況において、Limeの事例がそれを証明することになった。規模の小さい競合他社には難しいが、Limeはすでにカテゴリーリーダーとしてのポジションを築いていたこともあり、景気がゆるやかに回復するにつれて、守りの姿勢から攻めに転じる機会を持っている。それはどのように起こったのか。

今年5月、ライドシェア(相乗り)の世界的なリーダーであり、Geodesicのポートフォリオ企業でもあるUber社は、経費削減の取り組みの一環として、自社が持つスクーターと自転車のサービス(Jump)の停止を発表した。代わりに同社はLimeへ1億7000万ドル(178億円)の戦略的投資を行った。今はUberのプラットフォーム上で、マイクロモビリティのデフォルトオプションは既にLimeになっている。同時に、Limeにとってみれば、必要な資本の注入、主要ライバル企業の排除、世界をリードするモビリティ・プラットフォームとの提携が1度に実現したことになる。

Uberの出資は、前回のラウンドよりも大幅に低い評価額(79%減)で行われたと言われている。Limeの投資家にとっては、短期的には明らかな痛手だが、長期的な視点で見ると同社が受ける恩恵は大きい。新型コロナウイルスの脅威が収束し、人々の移動が正常に戻ったとき、ライバルは少なく、Uberとの相乗効果が見込まれる。そして、閉ざされた空間で混雑する公共交通機関を避け、アウトドアスタイルの移動手段が支持される傾向にもなっているだろう。

ここでの学び

景気低迷中に業界統合の動きが起こることは、全ての産業に共通している。経済が正常に戻った後、生き残ることができた企業は、持続可能な成長や収益獲得ができる明確な道筋を持っていることが多い。同じことがテクノロジー・スタートアップ企業にも言えるが、敗者には危機的なリスクがより大きく、最終的に勝者となった企業にはより大きな利益がもたらされる。

Geodesic Capitalの共同創立者であるアシュヴィン・バチレディ(Ashvin Bachireddy)の記事、「コロナの時代の企業経営: 「攻め」に転じる好機をつかむ」では、テクノロジー企業が攻めの姿勢に転じること、そして、この特異な機会を活かした有利な条件で、顧客との関係の強化、優秀な人材の雇用、新たな市場への参入、買収の機会を持つこと(多くは新型コロナウイルスの影響による価格の引き下げで可能になる)について具体的な方法が詳細に語られている。モビリティの先行きはまだ見通せないが、将来の自社のため、Limeはこのような難しくも大胆な決断を下した企業の一つであるようだ。

モビリティは我々の関心を強く引きつける分野であり、Auroraに加え、UberやAirbnbも弊社のポートフォリオ企業である。自動車のような古いテクノロジーがどう進化するのか、空飛ぶクルマといった新しいテクノロジーは成功するのか、これらの行方を見るのは尽きない楽しみとなるだろう。

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