つまらないAIが世界を変える – AI変革のDayゼロ
イントロダクション
AIや機械学習は、働き方改革やDX(デジタルトランスフォーメーション)に有効とされており、すでに多くのグローバル企業が導入している。日本では新型コロナによるデジタル導入全般への大きな追い風に加え、急速な人口減少という課題があり、更なるテクノロジーやAI導入の必要性に迫られている。そこで今回、AIプラットフォームを5000社以上の企業・組織・政府に提供しており、AI分野をリードするDatabricksの共同創業者 兼 CEOであるアリ・ゴディシ氏にお話を聞いた。
アリ氏は、スウェーデンの王立工科大学で分散コンピューティングの博士号を取得。米国に移住後は、カリフォルニア大学バークレー校で研究されたオープンソースプロジェクト「Apache Spark」の開発者の一人でもあり、リソース管理やスケジューリング、データキャッシングなどの学術研究で得たアイデアは、Apache MesosやApache Hadoopに応用されている。
AI変革の現在地
Geodesic Capitalの共同創業者であり、投資チームを率いるアシュヴィン・バチレディはまず、大きな技術革新が起きる時、最初の20~30年間に必要なインフラが整備され、その後の20年で実際に変革が起きるとし、具体的な例としてインターネットを挙げた。
1970年代の初頭にインテルやマイクロプロセッサが登場し、2000年に向けて情報通信、光ファイバー、パソコンなどのインフラが揃っていき、2000年〜2020年には、私たちの生活や仕事、娯楽など、人生に関する全てが変わった。
2015年Geodesic Capital創業時、AIは技術分野で同規模の変革を生む可能性があると考えていたという。実際にこの変革は2000年代前半から中盤に始まり、多くの研究やインフラ整備がなされ、今日ではDatabricksのようなプラットフォーム企業が世界で最も重要な産業の全てにAIを提供し、急速に成長している。
それでは、AI変革は今どのような段階にあるのか。アリ氏は「今はまだDayゼロなのだ。たった今、幕に手をかけた段階で、本当に始まったばかり。夜明けに過ぎない」と言う。CEOとして、5,000以上の組織のDatabricks利用状況や統計を見ているが、AIには膨大な利用機会があり、日々の仕事を自動化するなど人々のあらゆる活動に適用できることがわかる。
「これは序章に過ぎない」
インターネットが登場した時には、検索はYahooのようなポータルが定番になると思っていたが、実際にはGoogleが台頭したし、eBayやSNSの出現など考えもしなかった。だが、技術革新が一度起きると、新たな参加者が当初は想像もしていなかったアイデアを持ち寄り、世界や私たちの生活を一変させる。つまり、今はまだ始まりに過ぎないのだ。
「つまらないAI」の事例
アリ氏は、AIは2種類あると指摘する。一つは、Alexaや映画「エクス・マキナ」に出てくる人間の代わりになるロボットなど、人々が興味を示すAI。もう一つは、業務を自動化するなど企業を変革に導くAIだ。前者を「ファンシーなAI」、後者を「つまらないAI」と呼び分けている。
「この『つまらないAI』の活用事例が何千とあり、あなた方の生活を大きく変えている」として、いくつか事例を紹介した。
事例1 – 建築工程の最適化で約109億円を節約したBechtel社
総合建設業のBechtel社は巨大なプロジェクトを立ち上げ、5~10年程の長期間で大きな建造物を建てている。同社は全ての建造部品のデータをDatabricksに入れ、最適な工程と構築方法を機械学習のアルゴリズムを使って計算している。人間が建築を行う場合、その手順はすでに完成されているが、機械学習やAIのアルゴリズムは、まったく違う建て方を導き出した。その工程はコスト面でも大きな効果があり、従来の建築手順によるコストと比較して、約109億円安く済むことが判明した。
事例2 – 慢性肝疾患を起こすゲノムを見つけ新薬の開発に成功した
医療分野では、Regeneron社が慢性肝疾患の薬を開発するにあたり、慢性肝疾患を起こすゲノムを人間のDNAから見つけるためにDatabricksのAIを活用した。AIが100万人の遺伝子情報と電子カルテを読み込み、「藁の山から針一本を探り当てるように」慢性肝疾患を起こすゲノムを見つけ、必要な薬の開発を実現した。
事例3 – 石油の掘削場所をAIで特定し多大な経費を節約したShell社
石油会社のShell社は、地球の至る所にセンサーを置いてデータをDatabricksに送信している。その膨大なデータをDatabricksが機械学習でパターンマッチをすることによって、石油が埋まっている可能性の高い場所を特定することができる。昔のように掘削して確かめる必要がないため、大きな経費節約になる。より効率的であるし、環境にも優しい。
「これらはほんの一部で、このような事例は一日中上げ続けることができるほどある」
AI活用に必要な3つのこと
それでは、これらの企業は機械学習やAIを実際にどのように受け入れ、具体的に何をしているのか。アリ氏はRegeneron社の事例を挙げ、80年代の古い方法で研究しているRegeneron社の統計生物医学博士たちと2週間のワークショップを行い、それぞれAIと古い手法で課題を解決し比較するなど、一緒に作業してAIを学びつつ、具体的な問題に取り組み解決を目指したと言う。
「少し工夫をして、興味深い課題を選ぶと良いだろう。AIで解決したい具体的な問題を見つけることは、とりあえず投資やPOCをして他社の真似をするよりも、より効果的で計画的だ」と言い、具体的に必要な3つのことを説明した。
データ
過去40~50年間実現しなかったAIが現在活躍している理由は、膨大なデータが利用可能になったことにある。データの収集は必要不可欠で、それにはクラウドの活用が最適だ。また、データ戦略も欠かせない。走るためには歩く準備が必要なように、データ戦略もきちんと整えなければならない。「とりあえずAIを導入して、データについて考える」のではなく、基礎を固めることが必要。データがきれいに保存され、特定のスキーマで利用できる環境を整えることが重要だ。
テクノロジー
目的に合った最適なテクノロジーも必要となるが、ここはDatabricksが貢献できる部分でもある。
人材
人材を集めて、上手くまとめ上げることも重要。良い人材を見つけることは非常に重要であるが、人材のクオリティよりも適材適所で人材を配置することを意識したい。
「この3要素のどこにおいても失敗をする可能性はある。容易ではないが、これを疎かにすれば生き残ることはできない」
また、組織には既存のヒエラルキーがあり、IT部門や様々なプロセスが存在することにも注意すべきである。歴史のある企業は、その組織の在り方にも注目する必要がある。
AIはボタンを押せば動いてくれるような安易な話ではなく、「これは冒険であり、最大の投資が必要で、失敗も付き物だ。単に興味で動いたり、とりあえず投資してPOCをしたりするのではなく、実際の課題を捉えて改善を目指したほうがよい」とアリ氏は指摘した。
時代に合った新しい方法と老舗企業の優位性
Geodesic Japanのカントリーマネージャーである尾辻マーカスは、企業にとって重要な点として、プロセスや文化的な問題を挙げた。AI導入時、データや技術面の問題と向き合う際には意思決定やオペレーションが必要で、それは企業が長年行ってきたものとは違う方法になる。「米国ではそのような場合、顧客はどう克服しているのか」を聞いた。
「いろいろな形の失敗があるし、米国でも多くの企業が失敗している」石油会社などの歴史ある企業は、自動化が進んでいなかった50~60年前から成功を収めていたので「うちはこのやり方で成功してきた。変えるつもりはない」と言うことが多いという。
しかし、今までのやり方がこれからも通用するとは限らない。Airbnbは急に現れてホテル業界を震撼させ、Uberもタクシー業界で変革を起こした。NetflixはBlockbusterを完全に倒産に追い込んでるし、Amazonはあらゆる小売店に影響を及ぼしている。
「そのため、時代に適う新しい方法に変える必要がある」
よくある失敗のパターンに、組織内の異なる部門間の政治的な問題がある。データと課題が別々の部門にあるわけだ。IT部門がデータを管理している一方で、別の部門に活用機会とデータサイエンティストがいるなど、両者の間に対立構造がある状況は米国でも多い。
「最高データ責任者など1人のリーダーが全体をまとめると、物事がスピーディに運ぶ。物事を早く正しい方向に進めるには、どんな立場でも1人が仕切る方がいい」とアリ氏。それができないのであれば、組織を横断するグループを作り、共通の目的のために協業し、話し合いを行えるようにすることが大切だ。
10年、20年後には、世界はもっと良くなり、企業や会社の働き方は大きく変わっている。その時代に適応できないと、企業や従業員が脅かされることになる。シリコンバレーのAirbnb、Uber、Twitter、Facebook、Amazonが他業界を破壊しているように、競争相手には見えない企業が、実際は競争相手なのである。
しかし、老舗企業にも優位性がある。老舗企業にはビジネスの知識や経験、顧客との深い繋がりがあり、既存ビジネスで得たデータも蓄積している。新たに参入するスタートアップ企業はこれらの優位性を持っていないため、老舗企業の大きなアドバンテージになる。
今から始めればアーリーアダプター
では、データが重要になっていくことから、老舗企業はこのような構造的な優位性により、機械学習やAIの導入・構築までに時間稼ぎができるのか、それとも一刻も早く行動を起こすべきなのか。
もちろん時間稼ぎにはなる。データは「新しいオイル」と呼ばれ、データがなければ何もできない。優秀な研究者を持ち、既存企業を打ち負かすほどのノウハウがある新しいスタートアップでも、データがなければAIも機械学習もできない。データの集積を待つのではなく積極的に集める必要があるとした。
今はデータを売買する企業も出てきており、自由に利用できるオープンソースのデータベースもあるため、新しい企業でもデータを収集できる。「Databricksも当初データを持っておらず、7年かけて大量のデータを手に入れた」とアリ氏は振り返り、時間を稼げるのは朗報だが、積極的に行動する必要があるとした。
「私と同じく『今はDayゼロでまだ始まったばかりだ』と考えるなら、私たち全員に時間があり、皆がアーリーアダプターだ。5年後もまだAIの初期段階と考えられるが、今日から行動すれば、あなたはもうエキスパートだ。これは大きなチャンスで、今のうちにツールの使い方を学び、慣れておのだ。まだ遅くはない。あなたはアーリーアダプターなのだ」
特に、日本は80年代の第5世代AIの時から投資をしていて、素晴らしい基盤とニーズがあるので、アリ氏は日本に期待を寄せている。特に製造業の多い日本は強みがある。Shell社の事例では、2億個のバルブにセンサーを取り付けてデータを収集し、バルブの破損時期を予測することで、何億ドルも経費を削減している。サプライチェーン最適化の革命は日本で起きたのだから、今後にも期待できるとした。
今回のインタビューは、「AI導入へのカウントダウン~Databricks社CEOが語る!日本企業が知っておきたいAIの情勢・脅威・事例~」として動画が公開されています。本記事に含まれていない内容もカバーされているので、ぜひご覧ください。*下記画像をクリックすると動画に移ります