ニコン幹部が語る、シリコンバレー投資戦略成功の秘訣
1917年創業という歴史を持つ国内光学機器大手の株式会社ニコン。現在では映像関連事業から半導体をはじめとする精密機器、デジタルソリューションにまつわるコンポーネント、そしてヘルスケア事業に至るまで、さまざまな領域の事業を手掛けています。
シリコンバレーを拠点として活動している同社執行役員のハミッド・ザリンガラム(Hamid Zarringhalam)氏は、デジタルソリューションズ事業部で副事業部長を務めているほか、Nikon Ventures Corporationの最高経営責任者として、さまざまな企業への投資や買収、パートナーシップなどに取り組んでいます。ザリンガラム氏に、同社の投資戦略の方向性について聞きました。
※この記事は、ザリンガラム氏へのインタビュー動画をまとめ、一部加筆したものです。
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信頼性の高さをベースに外部成長にも注力
ニコンでは、成長戦略を掲げ自ら成長を遂げていることはもちろんですが、コラボレーションや買収による外部成長にも注力しています。最先端技術の世界では進化が非常に速く、グローバル化も進んでいることから、自社のみですべてを手掛けることは困難です。そこで、買収やパートナーシップを通じてビジョンを実現し、組織の成長を加速させているのです。
その際に重要となるのは「信頼性」です。ニコンは、1980年代初頭よりシリコンバレーに進出。自社開発したリソグラフィ装置を中心に、大きく成長したさまざまな半導体メーカーとのパートナーシップを築いてきました。当時からのシリコンバレーでの存在感や、パートナー関係によって示し続けた信頼性の高さが、今でも新たなパートナーシップを構築する際に役立っているといいます。
「この業界では信頼性が大切です。これまでのさまざまなパートナーシップの中で、ニコンは信頼性を築きあげ、それを示し続けることに注力してきました。新たなパートナーシップを結ぶ際、ニコンが際立つ理由のひとつはそこにあります」(ザリンガラム氏)
将来を見据えた未進出分野への事業投資事例
こうしてニコンでは、すでに同社が手掛ける成長中の事業はもちろん、未進出分野への事業拡大も視野に入れ、常に新たなパートナーシップを模索しています。その取り組みの一環としてニコンは、自動運転技術に着目、2018年には自動運転の基盤技術であるLiDAR(Light Detection and Ranging)センサーを製造するVelodyne LiDARへの出資を実施しました。
この出資は、ニコンの持つ光学技術および精密技術と、Velodyne LiDARの持つLiDARセンサー技術の融合を目指したもので、出資額は2500万ドルにおよびます。これにより両社は、技術開発や製造での協業を含め、多角的なビジネスアライアンスについて検討。2019年にはニコンの子会社である株式会社仙台ニコンが、Velodyne向けにLiDARセンサーの量産を開始しています。
また、2021年には米国の宇宙航空機部品受託加工会社であるMorf3D Inc.への出資も発表、同社株式の過半数を取得し子会社化しています。Morf3Dは、一般に「3Dプリンティング」という金属を積層する加工方法である「アディティブマニュファクチャリング(AM)」を手掛ける専業会社で、宇宙航空機関連部品の受託生産においては全米トップクラスの企業です。この分野は、ニコンが成長領域と捉えているデジタルマニュファクチャリング(材料加工事業)に当てはまります。ニコンでは、この領域をリードする企業への戦略的投資によって事業拡大を図る計画を発表しており、Morf3Dへの出資もこの計画に基づいたものです。
Morf3Dの株式過半数取得後は、インターネット接続や地球観測画像分析への需要によって市場が拡大する中小型衛星向けに、Morf3Dが持つ顧客基盤とニコンの精密加工技術を組み合わせ、受託加工ビジネスを展開していく予定です。
パートナーシップの意思決定方法とは
このように、複数の企業とのパートナーシップにおいて、財務上だけでなくビジネス上のシナジーも生み出すことに成功しているニコンですが、その意思決定はどのように行っているのでしょうか。
まずニコンでは、投資をはじめとするすべてのパートナーシップにおいて、提携先企業のビジネス方針と、ニコンが成長領域と捉えている3つの事業とのシナジーを検討します。その成長領域とは、「デジタルマニュファクチャリング」「ビジョンシステム/ロボット」「ヘルスケア」の3分野です。現在ニコンが手掛けているプロジェクトと直接結びつかなくても、同社の方向性と一致する興味深いテクノロジがあれば、その発展と成功への貢献を視野にパートナーシップを検討します。
パートナーシップの候補先企業が浮上した場合には、その企業について綿密な調査を実施します。各事業部門とのシナジーや、その企業の持つ技術と自社ビジネスとの相性、そしてパートナーシップの結果までを見据えた調査です。その過程では、技術戦略委員会が技術のシナジーを確認するほか、ザリンガラム氏も参加する役員委員会では、企業の管理体制や企業カルチャーなども含め、戦略的観点からさまざまな分析を行います。
こうしてすべての面でターゲットとなる企業を調査し、すべて適切だという判断が下れば、執行委員会の承認を経て次のプロセスに進みます。ここでは、デューデリジェンスや交渉を行う専属チーム、さらには法務部の許可も必要です。冗長なプロセスではありますが、このように定義された戦略的プロセスを踏むことで、想定外の事態に陥ることを避けているのです。
シリコンバレーのコミュニティの価値
またザリンガラム氏は、Geodesicのようなベンチャーキャピタルとのパートナーシップも、ニコンの投資戦略に大きく役立っていると話します。それは、単に投資から得られる利益や、Geodesicのポートフォリオ企業への投資に興味があるという理由だけではありません。ベンチャーキャピタリストという投資家の視点から得られるさまざまな情報や、ビジネスの方向性を共有することによって広がるつながりに価値を見いだしているのだとザリンガラム氏は説明します。
Geodesicは年間4000社ほどの企業と関わりを持っていますが、その中にはニコンとは全くつながりのない企業や、ニコンが独自には知り得なかったような技術を持つ企業も数多く存在します。その中から一部企業の紹介を受けることもありますが、大半はシナジーが見つからずに終わってしまいます。それでも中には、ニコンの調査を経た上で投資につながることもあるのです。カナダに拠点を置くコンピュータビジョンソフトウェア企業のAlgoluxに投資したのも、Geodesicからの紹介を受けたことがきっかけでした。同社はカメラとAIを活用し、高感度で安定した自動運転技術の障害物検知システムを手掛けています。このような関係性もあることから、ザリンガラム氏は「ベンチャーキャピタルとのつながりは、当社の戦略にとっても非常に価値のあるもの」と見ているのです。
このほかにもザリンガラム氏は、投資についての個人的な考えを述べています。「買収の話が持ち上がった時は、なぜその買収が必要なのか考えるようにしています。買収は手段のひとつであり、買収が完了さえすればすべてが終わるわけではありません。買収以外に選択肢がない場合もありますが、それでも買収の必要性を検討し、ほかに目標を達成する方法がないか考えることが個人的には大切だと思っています」(ザリンガラム氏)
ポストマージャーインテグレーションの重要性
投資や買収などを実施した場合、それが必ずしも成功に結びつくとは限りません。ザリンガラム氏は、買収で成功を収めている企業の特徴として、ポストマージャーインテグレーション(PMI、合併後の統合)がうまくいっている点を挙げています。PMIに成功している企業は、合併後の両社の社員が買収前にどちらの企業に所属していたのか区別がつかないほどだといいます。ニコンが目指すのもこのような姿です。
「投資の中で最も簡単な部分は資金を出すこと。最も難しい部分は実質的な統合です」とザリンガラム氏。特に、国境をまたぐ場合や歴史の浅いスタートアップとの統合は、より困難だと話します。
ニコンの買収に向けたアプローチは、まずターゲットとなる企業のビジネスに大きな価値を見いだすとともに、ニコンの組織的成長につながる点を模索すること。投資の目的は、その企業が得意分野で継続的成長を遂げ、ビジネスが拡大できるよう支援することと、スタートアップならではの創造性とエネルギーを継続してもらうことです。まずはこれが前提となります。
買収後は、長年の歴史を持つニコンの秩序や構造、信用といった良い部分を、統合する企業にも取り入れるようにします。企業文化の一体化に向け、決して強制することなくニコンの手法に導いていきます。
次に、会計処理やセキュリティの遵守など、全員が従うべき行動規範や必須事項を注意深く説明します。その際、統合する企業に命令口調になったり圧力をかけたりしないよう気を配ります。指示をするのではなく、なぜこのような規範が必要なのか、その理由を説明するようにします。
そして最後に、統合先の企業が抱える課題を探し出します。ニコンのように歴史が長く規模も大きな企業には、経営面でも技術面でもさまざまな課題をすでに解決してきた経験値があります。そこで、課題に対する方針を示すのではなく、ニコンが問題を乗り越えた時の経験やアドバイスを共有し、さまざまなリソースが活用できることを伝えます。継続的にコミュニケーションを取り、共に問題解決に向けて協力するのです。こうすることで両社の関係が強化され、企業としての一体化につながっていくのです。このような体制を築くことが、ニコンのPMI戦略です。
こうした姿勢からわかることは、ニコンのPMI戦略におけるビジネス的要素の裏には、すべて人間的要素が考慮されていること。イノベーションを継続するには人材への投資が不可欠で、「人材は企業が持てる最大の資本」だとザリンガラム氏は断言します。社員にモチベーションと活力があり、価値観が受け入れられてはじめて買収が成功するのだといいます。
ターゲットとなる企業は、ニコン以外の企業とも協議を進めている可能性があります。そこで、まずはしっかりコミュニケーションを取ってゴールや方向性を共有し、ニコンのPMI戦略への姿勢も理解してもらいます。その姿勢が取引においても差別化要因につながっていると、ザリンガラム氏は説明しています。
今後の投資分野と方向性
ニコンでは、企業の成長につながるパートナーシップには常に目を光らせています。すでに同社が手掛けている事業はもちろん、成長領域と位置づけている分野の事業を支え、拡大し、補強するような機会を常に模索しているのです。
既存のポートフォリオや新分野への投資のほかにも、先を見据えた未来のテクノロジーで、光学や精密機器を根幹とする事業には、現時点で直接関連するプロジェクトが存在していなくても投資を行います。ニコンにとって投資の目的は、企業の成長を支援することだけではありません。投資を通じてそのような分野の最新情報を常に把握しておくことにも、大きな意味があるのです。
インタビュー全編収録動画
インタビュー動画では本記事に含まれていない部分も収録されています。シリコンバレーで投資戦略をリードする第一人者から語られるインサイトです。
※字幕をオンにしていただくと、日本語字幕が表示されます。