日本のユニコーンはどこにいるのか?(Part2)
Written byMARCUS OTSUJI
日本のユニコーン企業不足の背景
日本にユニコーン企業が少ない理由については、ベンチャーキャピタルの不足が指摘されることが多く、それに応じて岸田元首相の5カ年計画では、投資家をさらに呼び込むことに重点が置かれていました。しかし、日本にユニコーン企業が少ない原因は資本の不足ではなく、イノベーションの不足にあります。日本におけるベンチャーキャピタルの不足は、イノベーションの不足の結果であり、その原因ではありません。
基本的な原則に立ち返ると、イノベーションの主要な源泉はベンチャーキャピタルでも、投資家でもなく、起業家であることを忘れてはなりません。もちろん、ベンチャーキャピタルは重要な要素の一つであり、5カ年計画において投資家を誘致する取り組みは、計画の初期段階において特に重要です。しかし、長期的な政策の観点から見れば、持続可能なユニコーン企業の創出にとって最も優先すべきは、これまでのキャリアの安定を捨て、困難な「創造的破壊」の道を選ぶ意志を持つ人々を惹きつけ、支援する環境を整えることです。
本記事の前編「日本のユニコーンはどこにいるのか?(Part1)」では、イノベーションという繊細なテーマについて取り上げました。本記事(part2)では、起業家についてさらに掘り下げていきます。このテーマについてはすでに多くの議論がされてきましたし、今後もされるでしょうが、ここでは特に「日本での起業を支援するために政府がどのような、さらなる施策を講じることができるのか」という問いについて考えてみたいと思います。
この問いへの最終的な答えは非常に複雑であり、もちろん日本という国自らが導き出す必要があるため、本記事では解決策を提示したり、問題を包括的に診断することを試みるつもりはありません。むしろまずは、資本主義経済における起業家の基本的な役割について議論することから始めます。この分析を通じて、過去40年間において日本が世界的に重要なスタートアップをほとんど生み出してこなかった主な理由が明らかになるでしょう。それは、日本政府の現在の政策体制が「安全性」「平等」「予測可能性」を優先している点であり、このアプローチが本質的に起業家精神やイノベーションと相反する性質を持っているということです。最後に、岸田政権の5カ年計画の後の展望を考えるにあたり、現在の政策体制を評価するという「第一原理思考」のアプローチを提案します。
その第一歩として、ユニコーン企業のTOP排出国リストを見てみましょう。
https://worldpopulationreview.com/country-rankings/unicorns-by-country
アメリカがユニコーン創出で世界をリードしていることは、多くの人にとって新しい情報ではありませんが、他国との差、特に日本との間の「100:1」という比率は驚くべきものです。他国を単純に模倣することが日本にとって最善の解決策とは限りませんが、アメリカがユニコーン企業の生産においてこれほど卓越している理由を分析することは、手がかりを探る第一歩となります。
連続起業家が生み出す価値
しかし、ここでユニコーン企業に影響を与えるすべての政策や規制を網羅的に分析することは難しいので、まずはアメリカで最も成功した起業家、イーロン・マスクのキャリアを分析することから始めましょう。イーロン・マスクは極めてユニークな人物ですが、その人生とキャリアは広く知られており、分析のモデルとして非常に優れています。彼の行動は極端な部分もありますが、彼が成長を支援した個々の企業だけでなく、彼の長いキャリアにおいて、どのように自分自身、社会、そして政府に対して、価値を複利的に積み上げてきたかという点においては、さらに多くの学びがあります。
イーロン・マスクが設立、共同設立、買収、またはシード投資を行った主要な企業一覧についてみてみましょう。
イーロン・マスクの経歴:概要
- 1996年、24歳のときに最初の会社Zip2を設立。
- 1999年、Zip2をCompaqに売却し、2200万ドルを得る。その資金で同年にX.comを設立(当日28歳)。
- 2000年、X.comはConfinityと合併してPayPalとなり、その初代CEOに就任。
- 2002年、PayPalがeBayに売却された後、彼は1億7580万ドルを手にしたと言われている。
その後、彼はその資金をすべて使ってさらに3つの会社を設立・出資
- 2002年に1億ドルの資本を投資して設立したSpace X
- 7000万ドルを投資して、2004年にCEOに就任したTesla
- 1000万ドルを投資して共同設立したSolar City
上記3社に10年間注力した後
- OpenAIを共同設立(2015年)
- Neuralinkを共同設立(2016年)
- Boring Companyを共同設立(2016年)
- Twitter(現在のX)を440億ドルで買収(2022年)
- 生成AIのスタートアップxAIに60億ドルを調達(2024年)
イーロン・マスクの経歴:考察
彼の経歴から、私たちは何を学べるでしょうか?彼が27歳で最初の会社を売却した後、快適な生活を送ることもできたのは明らかです。しかし、彼はそうしませんでした。PayPalの売却後も再び引退することはできましたが、彼はそれもしませんでした。彼は今でも収益を再投資し、ますます大きく大胆な事業に挑戦し続けています。イーロン・マスクの個人の純資産は現在、3000億ドルを超えると推定され、多くの人々が彼の財産の規模に注目しています(結局、彼は地球上で最も裕福な人物となっています)。
しかし、政策の観点から最も重要なのは、彼がどれだけのお金を持っているかではなく、彼がどのような道を歩んできたか、つまり一つ一つの会社を通じてどのようにそこに到達したかです。最初は小さく始め、彼の起業家としてのスキルが成長するにつれて、次第に大きな挑戦を受け入れていきました。彼の連続起業家としての道のりは、その成果の重要性と規模からよく知られていますが、このパターンは決して特異なものではありません。シリコンバレーでは毎年、数千人の連続創業者が、収益を再投資して複数の会社を立ち上げたり、投資したりしています。とはいえ、マスク氏の場合は、無謀とも言える前例のないリスクテイクがあり、ほとんどの創業者はそこまで踏み切りません。しかし俯瞰してみると、製品の開発、優秀なエンジニアの採用、資金調達、大規模な取引の交渉、企業の上場、そして適切なタイミングで新しい事業を立ち上げることが、人類の歴史において、イノベーション、進歩、富の創造の最大の源となっています。
政策の観点から彼の個々の企業やその成功を詳しく調べることも重要ですが、むしろ重要なのは、こうした連続起業家たちがキャリアを通じて作り出す複利的な価値を認識し、彼らが何度も挑戦し続けることを促進する政策を考えることです。もちろん、すべての関連する政策をカバーすることはできませんが「税金、移民、言語」の3つの点において簡単に見ていきたいと思います
税金
複利資本の奇跡を可能にする
今年初め(2024年)、イーロン・マスクがOpenAIと競うために生成AI企業(x.AI)を立ち上げると発表した際、彼がすぐにトップクラスのベンチャーキャピタリストから60億ドルの資金を調達できたことに多くの人が驚きました。そして当然ながら「なぜ彼はこんなに大きな額をこんなに短期間で調達できたのか?」と考えました。この質問は重要であり、その答えは資本主義の基本的な原則に対する重要な洞察を提供します。それは、自由な資本主義社会において、資本は最も効率的に経済的価値を創造できることを証明した起業家に自然に集まるというものです。
ここで、別のより一般的な質問が浮かび上がります。「イーロン・マスク、もしくは一人の人間が、純資産として3000億ドルも必要なのか?」。この質問に対する答えは明らかに「いいえ」です。どんな人でも、はるかに少ない金額で快適に生活できます。それにもかかわらず、起業家が得る莫大な富に対して課される連邦税率は通常、長期キャピタルゲイン税率の15~20%であり、これは多くの中間所得層の税率よりもかなり低いものです。さらに、その税金は企業の株式が売却される時にのみ課税され、政府からの徴収前に、企業の価値は時間とともに複利的に増加します。この点は不公平に感じられるかもしれませんし、実際、不公平であるとも言えます。しかし、起業家によって生み出される投資、学び、イノベーションこそが経済成長を推進する根本的なエンジンであることから、起業家の手により多くの資本が残ることで、より多くの大規模な実験(スタートアップ)が行われ、さらに成長を生み出すことができるのです。これは確かに起業家自身を豊かにしますが、それは投資家、従業員、コミュニティ、そして国全体の富をも創出します。したがって、起業家に対する低税金は、公平さの問題ではなく(その言葉の意味については議論の余地がありますが)、破壊的イノベーションを生み出す素質と能力を持つ人々が再投資し、学びを積み重ね、経済と人類を前進させることを許容し、奨励する実際問題なのです。(この概念は、ジョージ・ギルダーの著書『富と貧困』で深く探求されています)
スペースX:資本主義と自己投資の力
マスク氏の場合、この最たる例はおそらくSpaceXです。過去20年間、彼とSpaceXチームは、第一原理思考と極めて迅速なイノベーションサイクルを通じて、宇宙にペイロードを届けるコストを95%削減しました。この劇的なコスト削減により、宇宙旅行やサービスに対する大きな潜在的需要が解放され、政府や企業の顧客から数十億ドルの収益を生み出しました。また、SpaceXは自らの低コストのペイロード配送の優位性を活用し、高速インターネット接続を提供するための衛星コンステレーションを開発・展開しました。(Starlinkと呼ばれる)このサービスだけでも、2024年に60億ドルの収益を上げると見込まれています。現在、SpaceXは3500億ドルの価値があり、マスク氏に大きな富をもたらしていますが、注目すべきは、これが広範な宇宙産業での活動の爆発を引き起こしたという点です。
SpaceX以前、NASAはコストと安全性の懸念から2011年にスペースシャトルプログラムを終了し、10年間、アメリカは宇宙へのペイロードを打ち上げるために、地政学的ライバルであるロシアに完全に依存していました! 今日では、SpaceXの大きな貢献により、アメリカの宇宙プログラムは再び独立し、宇宙技術と探査において世界をリードしています。そして、SpaceXをはじめとする何百という航空宇宙関連のスタートアップが革新を続け、産業と国防の両方にとって重要な分野におけるアメリカの世界的な競争優位性を拡大しています。
ここにおいて2つの重要なポイントは、1) イーロンがSpaceXを設立した時、すでに2つの会社を設立・売却に成功していたこと、2) イーロン自身がSpaceXのスタートアップ資金として最初の1億ドルを提供したことです。これらが重要なポイントである理由は、もしSpaceXがイーロンの最初のスタートアップであったなら、彼はほぼ間違いなく成功しなかったであろうからです。彼はそのような複雑な事業を立ち上げるために必要なCEOとしての経験を持っていなかっただろうし、そのような試みに対して外部のベンチャーキャピタルが資金提供をすることはなかったからです。資本主義経済において最も重要な資本は、起業家が自らの事業を通じて得た資本であり、それこそが、彼らがさらなる野心的な企業を設立するための再投資に使われる資本だからです。この初期の自己資金調達のことを英語では「ブーツ・ストラッピング」と呼ばれ、創業者が投資家に制約されることなく、創造的エネルギーをすべて注げる重要な時期です。
ラッファー曲線について
税金に関する話を締めくくる前に「公平性」という問題にもう一度立ち戻りましょう。先に述べたように、「裕福な起業家たちがこれほど多くの利益を手にするのは、本当に公平なのことなのか?」という疑問です。この問いはアメリカで激しい議論の的となっており、個人がこれほど多くの富を蓄えることを政府が許すのは不公平であるだけでなく、不道徳だと考える人も少なくありません。これは視点の問題であり、ここで議論することは控えますが、実際のところ、アメリカではトップ1%の所得者(主にマスク氏のようなビジネスオーナー)は、48.5%の個人所得税を支払っています。つまり、彼らに適用される税率は低いとしても、生み出す富の規模が非常に大きいため、国民から徴収される税金において、不釣り合いに大きな部分を負担しているのです。
https://usafacts.org/articles/who-pays-the-most-income-tax/
この理論(特定の条件下では低い税率が、より高い税収をもたらす可能性があるという考え)は、経済学者アーサー・ラッファーによって初めて広められ、よく引用される「ラッファー曲線」で説明されています。
移民
よく知られているように、イーロン・マスクは南アフリカで生まれ育ちました。そこからカナダに移住し、1990年代半ばにアメリカに移住しました。アメリカでは初めて、就労のためのグリーンカードを取得し、最終的に2002年にアメリカ市民権を得ました。これはアメリカではよくある話です。Geodesicでは約60社に投資してきましたが、そのうちの半数以上の創業者はインド、イラン、イスラエル、アルゼンチン、ルーマニア、中国、韓国、カナダ、ロシア、レバノン、シリア、イギリス、オランダなどの多様な国々からの移民やその子供です。アメリカは常に移民の国であり、世界中から野心的な起業家を引き寄せる能力が、アメリカ、特にシリコンバレーのダイナミックなエネルギーと驚異的なイノベーションの主な要因となっています。
言語:English
イーロンのアメリカでの成功は、シリコンバレーの共通語である英語を話すことができたからだという点です。これはアメリカやイーロンの出身国である南アフリカでは、政策上の問題ではないかもしれません。なぜなら、両国とも公用語が英語だからです。しかし、この言語スキルがなければ、イーロンは技術が急速に進化する世界でうまく立ち回り、同じような成功を収めることは非常に難しかったでしょう。英語は日本の教育課程の重要な部分であり、学校でどのように英語を教えるかは重要な政策決定事項です。この点については後ほど詳しく述べます。
What’s Next?
文化と価値観が形作る政策のジレンマ
この記事が日本の現在の政策体制を批判していると考える方もいるかもしれませんが、そうではありません。日本の税制は依然として再分配と成果の平等を重視し、教育(特に英語)は暗記と試験に重点を置いており、実際的なコミュニケーション能力にはあまり重きを置いていません。また、移民政策は非常に厳しく、市民権の取得はさらに困難です。そして、これらすべてが、日本がグローバルなユニコーン企業を創出しようとする目標に対して逆風となっているのも事実です。しかし、だからといってこれらの政策が必ずしも悪いというわけではありません。これらはすべて、日本の文化や価値観を反映した重要な要素です。日本の富の再分配政策は、「平等」と「公正」を重んじる日本の核心的価値に根ざしています。日本の厳しい移民政策は、「秩序」と「安定」を重視する価値観に基づいています。また、暗記と試験重視の教育は、国内産業において毎年、知的で勤勉な労働力を供給しています。これらは、日本が世界中で賞賛される安全で清潔で平和な社会を築いてきた基礎となる原則です。
一方、アメリカは「自由」と「イノベーション」を優先し、驚異的な経済成長を生み出しますが、その代償として大きな社会的コストを伴います。破壊的イノベーションは本質的に予測不可能であり、産業や政府にとっては不安定要因となります。起業家に対する低い税率は、イノベーションと成長を生み出しますが、同時に不平等や社会的不安定も引き起こします。移民は優れた頭脳をアメリカに引き寄せますが、同時に人種的、思想的、宗教的な緊張も引き起こします。マスク氏のような起業家が、ビジネスだけでなく、社会や政治にも大きな影響を与えることも少なくありません。つまり、簡単な答えは存在しないのです。異なる優先事項が異なる政策を生み出し、異なる経済的および社会的成果をもたらします。
日本にとっての重要なポイント
現在の5カ年計画は良いスタートですが、それはあくまで始まりに過ぎません。私を含む多くの人は、税制優遇措置、投資、海外進出支援などが、日本のスタートアップとユニコーン創出の加速に貢献することを期待し、楽観的です。しかし、長期的な持続的経済成長と日本のイノベーションの復活の鍵は、100の新しいユニコーンを生み出すだけでなく、それらをデカコーンもしくはそれ以上の規模へ成長させることにあります。もしこれが実現すれば、必然的に日本の伝統的な産業の巨人たちに、破壊的な変化を引き起こすことになります。その場合、何が起こるでしょうか?また、5カ年計画に従い、初めての起業家たちがM&Aによってエグジットをした場合、再び挑戦し成長するための適切なインセンティブが整っているのでしょうか?
これらが日本の最終的な目標であるならば、「どのように実現すべきか?」という問いがあります。そして私の答えは「わかりません!」です。上述したトレードオフを考慮すると、これは難しい問いです。しかし、正しい答えが単純にアメリカやシリコンバレーを模倣することではないのは確かです。アメリカだけでなく、フランス、ドイツ、中国、韓国など他国から学べることはあるかもしれませんが、最終的には、日本が伝統的な価値観と経済的関連性・成長とのバランスを見出す責任を負うことになります。
近い将来、日本は岐路に立ち、困難な決断を迫られることでしょう。正しい答えを見つけるための第一歩は、経済成長の核心的な推進力である「熟練した起業家によって生み出される破壊的イノベーション」を明確に認識することです。次に、現行の政策体系を明確に評価し、相反するものの重要である目標間の具体的なトレードオフを認めることです。このような第一原理思考の分析を行い、こういった会話を始めることこそ、私がこの記事で試みたことです。私の視点や結論のすべてが正しいとは限りませんが、日本が第2の5カ年計画やその先を計画するにあたり、この記事が生産的な思考や議論を促すきっかけになれば幸いです。